12 買い物に行こう -5-
「何で落ち着いてるんだ! 薫がさらわれたんだぞ」
小百合は、顔色を変えてわめきたてる。
「大声で不穏なことを言わないで」
私は声を落とし、友人をにらみつけた。こいつが騒いでいるので、商店街を通る人たちがこっちを見ている。
「いい、小百合さん。騒ぎ立てれば薫さんの立場が悪くなるわ。大丈夫、門限までには帰ってくるわよ。多分ね」
「何でそんなことが分かるんだよ?!」
「分かるわよ」
私は苦々しく言った。分からない方が、どうかしている。薫の恰好。痛々しいほど似合わない、派手な服と派手な化粧。
今、私たちは援助交際の現場をこの目で見たのだ。
探していた手がかりが。事件につながる糸が、手の届くところに。
けれどそれが、よく知る後輩の痛々しい姿だったことが。私の気持ちを重くさせた。
重い買い物袋を持って寮へ帰る。
外出簿にはやはり、浦上薫の名前はなかった。今日、学校の門を出た桜花寮生は公式には私と小百合だけ。そういうことになっている。
校門では、誰かが見張っているわけではないから、隙を見て出ようと思えば出られるだろう。昨日、十津見があそこをウロウロしていたのは、あくまでイレギュラーである。
そして、校内ではみんな自由に出歩いているから、門限までに寮に戻ってくれば特に何も言われることはない。
誰かに見つかるリスクはあるが。外出自体は不可能な話ではない。
だが、今の状態で無断外出が見つかりでもしたら。十津見のネチネチしたお説教だけでは済まないだろう。それが分かっているから、みんな不自由でも校内で大人しくしているのだ。
それなのに、薫は出かけた。あれは、危険を冒してもやり遂げなくてはいけないお出かけだったのだ。
私と小百合は言葉を交わすこともなく、一階の共用スペースに座って外を見ている。この部屋の窓からは、寮に帰ってくる生徒たちの姿が見えるのだ。傍では他の子たちがテレビを見ているが、番組の内容は頭に入って来ない。
「来た」
小百合が低く言った。私たちは立ち上がった。
いつもの制服姿で、薫が帰ってきた。化粧はしていない。片手に、大きめのバッグを持っていた。授業に持って行く、学校指定のカバンではない。
「薫さん」
共用スペースを抜けて。彼女が人気のない廊下にさしかかったところで、声をかけた。
ビクリと肩を震わせて、薫は足を止める。振り返った顔は。明らかに、怯えていた。その顔を見ただけで胸が痛くなる。けれど、これはやらなければいけないことだ。
小百合に向かって頷いて見せる。その合図で小百合は一歩前へ踏み出し。
「薫、ゴメン」
と言って、彼女の肩と腕を抑えた。
「ごめんなさいね、薫さん」
私も声をかける。
「寮長権限でそのバッグの中身、見させてもらいます」
そんな権限あるのか知らないが。有無を言わせず彼女のバッグに身をかがめ、ジッパーを開ける。
中には、予期していたとおりの物が入っていた。化粧ポーチと、あの派手な洋服。
「あ」
薫は小さく小さく、悲鳴のような声を上げた。
それから。その顔が絶望に染まる。
私はため息をついた。分かっていたけれど。私たちが街で見たのは、彼女によく似た別人でも、見間違いでもなかった。浦上薫本人だったのだ。
「薫さん。これは、お預かりさせていただくわね」
私は。彼女の細い指を一本ずつバッグの持ち手からもぎ離し。証拠の入ったそれを取り上げる。
「すぐに先生に言うことはしない。その代わり、話を聞かせてもらえるかしら」
薫は震えている。そんな彼女を。追いつめる言葉を口にするのは、私も辛い。
「心配すんなよ。アタシたち、味方になるからさ。薫も事情があったんだろ?」
小百合が優しく声をかける。この子にはこういうところがあるのだよな。
面倒見の良さや親切さがつい暴走して、他校の男子を竹刀でぶっ叩くようなことになってしまったりするのだが。根はいいヤツなんだ、小百合は。
「ね。悪いようにはしないわ」
私も、懸命に彼女を安心させようと努める。
「でも。今のままじゃダメって、あなたも分かっているでしょう?」
「あの」
初めて薫が口を開いた。いつも通りの、細い、自信のなさそうな声。
「他の物はいいんです。でも、あれだけは……あれだけは、返して下さい……」
バッグの方に。手を伸ばす。
「アレ?」
私と小百合は。思わず顔を見合わせる。
そこへ。
薫が獣のように、飛びかかって来た。
「おっと」
小百合が咄嗟に、私からバッグを奪って飛びすさる。私は薫に壁に押しつけられたが。バッグは、無事だった。
「お願いします。お願いします、お姉さま」
私の制服のブラウスを両手で握りしめながら。薫は切迫した口調で言う。私を見上げる目が。血走っている。
「あれがないと、私。ダメなんです……。お願い。味方だって言うなら、あれだけは返して。ないと、頭が……。病気みたいになるんです……」
急に分かった。
小百合の方を見る。彼女はうなずいて、バッグの中を探った。やがてその中から、セロテープで封をした茶封筒を引っ張り出す。開けて、逆さにすると。中から、お香のようなものがいくつも出て来た。
「薫さん」
私は強い口調で言った。
「あれはダメ。あれが一番、ダメなものなのよ。あなただって分かるでしょう」
「だってあれが要るの!」
薫は声を荒げた。
「あれが要るの、要るんです! どうして分かってくれないの」
青白い顔に赤みがさす。
ああ。
この子はこんなに、病人みたいな顔色をしているのに。毎日顔を合わせていて、どうして気付かなかったんだろう。




