12 買い物に行こう -2-
翌朝。晒し場の忍の罪状がまた増えていた。『校内の風紀を紊乱した』って、いったい何なんだ。忍、もしかして十津見に目をつけられてる?
昨日の騒ぎで、美空さんに忍のことを頼むのを忘れた。昼食か夕食の時、忘れずにつかまえないと。
教室に行くと、そこはカオスだった。
私と克己さんに関する興味と。テニス部と楓葉寮、藤花寮の三カ所に警察の手入れが入ったことに対する、怒りと不平と。こちらもまた、何か分かったのだろうかという興味。
そんな物が渦巻いて、誰も彼もが勝手にしゃべりまくって。何が何だか分からない状況になっている。
あー、警察。それもあったんだっけ。自分のことで手いっぱいで、忘れていた。でも、新聞発表も緊急集会も、生徒の処分も何もないってことは。何も出なかった、ということだろう。
その混沌の中で、撫子が昨日一年竹組で騒動があったことを教えてくれた。もう少しでサロメ、いや『洗礼者の殉教』が上演中止になるところだったとか。本当にどうやってこの女は、そんな情報を仕入れて来るのか。
「それとね。昨日、呼び出されて警察に事情聴取された子たちが何人かいるようよ」
そう言われて。思わず周りを見回してしまったが。みんなそれぞれの話に夢中で、こちらに聞き耳を立てている人間はいないようだ。沸騰した女子校、恐るべし。
「みんな、日曜の午後に外出していた子ばかりみたい。千草さん、危ないところだったわね。予定通り外出していたら、警察に取り調べられてしまうところだったわね」
むむう。内緒にしていたのに、なぜ私の日曜の喪われた予定を知っているのか。
ニュースソースは、と思って振り向くと。犯人は急いで寝たフリを始めた。小百合さん、後で覚えておれ。
だが。その情報は聞き逃せない。日曜の午後、それは。大森穂乃花が刺された時だ。
新聞やTV、ネットニュースによれば、彼女が刺されたのは日曜の夕方、五時頃。停学中で、謹慎を言い渡されていたのに。母親の目を盗んで外出し、自宅から歩いて十五分ほどの公園で、倒れているところを見つかった。発見した男性の目撃情報に合わせて捜索が行われているという報道だったが。
その時間に外出していた生徒を警察が取り調べている、ということはつまり。
犯人は女性。そして、百花園生の可能性が高い、ということか。
彼女の荷物からも薬が見つかった。彼女たちは、薬をエサにおびき出されているのかもしれない。犯人は薬を流通させている人間。百花園生の中に、そんなヤツがいる。いるのは分かっているのに。近付けない。
私はともかくとしても、捜査のプロである警察ですら、まだ見つけられない。そいつはどうやって、この花園に身をひそめているんだろう。
考え込んだ私を、撫子と小百合が見ていた。
ところで。昨日、出した外出許可申請は認められたということだった。今日の日暮れまでなら、商店街のドラッグストアまで外出できる。
「小百合、行ける?」
訊ねると。
「大丈夫。行く!」
と返事があった。生理痛は軽減したらしい。
一方、寮長同士の連携の方も順調に進んでいる。狭山里香と平岡玲奈の同意も取れて、今日、四人で一斉にそれぞれの寮母さんに申し入れることとした。
学校側も、事件の対応で精一杯なのかもしれないけど。そのくらい、こっちから言う前に考えておいてほしい、ホントに。
昼食の時に、ようやく間島美空に声をかけることが出来た。メガネをかけたショートカットの、優等生タイプの彼女は私を見て不思議そうに、
「何でしょうか、千草お姉さま」
と首をかしげる。お姉さまと言う言い方が、まだ板についていない。
彼女たちが入学して、まだ一年も経っていない。百花園らしい言葉遣いがまだ照れくさかったり、バカバカしかったりする頃だよなあ、と懐かしく思い出される。
「いえ。妹がお世話をかけているのじゃないかと思って」
私は言った。
「急にサロメに決まったでしょう。あの子、そういう目立つ役をやり慣れていないから、それで」
「あ、忍……じゃない、忍さん、ですね!」
美空は合点がいったようにうなずいた。
「大丈夫です。何も問題ありません。もうちょっと大きい声を出してくれるといいんだけど、最悪ピンマイクで行きます!」
早口にまくし立てて。
「あの子の演技には、全然ご心配いりません。じゃ、私、これからクラスで通し稽古なんで!」
と。あわただしく行ってしまった。
ちょっと……肝心の用件をまだ、言ってないんだけど。あんな子だったっけ? もっと落ち着いた、クールキャラだったような。
「美空さんは演劇部で、演劇のことになると人が変わるそうよ」
後ろでいきなり撫子の声がして、ビクリとする。コワイな! お前は背後霊か。
「部活でも上級生が呆れるほどアイディアを出すんですって。クラスでやる今回の出し物にはかなり力を入れていて、脚本や監督も買って出ているらしいわよ」
そうなのか。しかし、毎度ながらアンタはどうしてそんなによその部活やクラスの内情に詳しいのか。
それにしても。あの、短いが力の入った脚本を書いたのが、我が桜花寮の寮生だったとは、灯台下暗し。人には意外な才能があるものだ。
どうやら、間島美空は妹の演技に満足しているらしいという、どうでもいい情報を得ただけで、昼休みは終わった。




