11 突然の来客 -3-
私は驚いた。十津見がそんなことを言い出すとは、想定外だ。
「立ち話というのも風情がない。私の権限で生徒指導室をお貸ししよう。他の生徒に丸見えの場所より良いだろう」
振り返ると、前庭の方で何人かの生徒がこの顛末を眺めているのが見えた。みんな、興味津々の顔をしている。もちろん、我らが撫子さんは最前列で観覧している。あー、何ていいお友だちかしら。
私は。この花園に不似合いな背の高い姿が門の内側に入って来るのを、半ば呆然と見つめていた。
大勢が見守る中、十津見を先頭に、私、北堀克己、という順番で並んで前庭を横切る。気分は市中引き回しである。北堀克己を見てひそひそ話をする子たち、指さす子までいる始末。この男は珍獣か。いや、ある意味珍獣だけど。
男二人は職員・来客用の昇降口へ、私は生徒用の昇降口へと、いったん別れる。生徒指導室には向こうの昇降口の方が近いから、私は靴を履きかえて大急ぎで合流しなくてはならない。
「遅いぞ、雪ノ下千草」
はいはいはいはい。どうしても文句つけないと気が済まないんですね。いっそ走って来てやれば良かったか。
空っぽの生徒指導室の引き戸をガラリと開き。
「では、十分経ったら声をかける。外で待っているから、話が早めに終わったら声をかけなさい」
と言って、十津見は出て行った。
私はその男と。二人っきりで、残される。
どうしよう。こんな展開は想定していなかった。もう会うこともないと思っていたのに。
「まだ挨拶をしてくれていないですね、千草さん」
そんな私に。彼は穏やかに声をかけた。
「ごきげんよう」
私は、仕方なくそう言う。それから。
「こんなところへいらっしゃると思っていませんでした」
ぶっきらぼうに言う。
「そうですか」
彼はそう言って、たったまま部屋の中を見回す。
普段、女の子しかいない場所にこんな人物がいると。見慣れた学校がそれだけで、異空間になったように思える。
「ここは厭な場所ですね」
そう彼は言った。まあ、生徒指導室だから。味も素っ気もないし、壁には校則が張り出されているし。あんまり居心地のいい場所ではない。
それにしても。
「あの」
私は。少しだけ、声を大きくする。相手のペースに乗せられちゃダメだ。
「私が聞きたいのは、どうして私を訪ねていらっしゃったのかということです」
「ああ、それですね。単刀直入に言いましょう。実は」
何やら話し出そうとする彼。
その言葉を。私は遮る。
「婚約関係はもう終わったと、私はそういうつもりでしたが」
ハッキリと言葉にすると、何故か胸が痛い。私の方から断っているのに。何で、こんな風に。
相手は、不思議そうに太い眉を上げた。
「僕にはそんな覚えはないですが。いつからそういうことになったんですか」
「指輪はいただけないと言いました」
そう言うと。
「困りましたね。僕はそんなつもりはないんですが」
腕組みして首をかしげる。
「貴方にはそのつもりがなくても、私はそのつもりなんです」
言い返すと。
「勝手だなあ」
と言う。
「でも、やっぱり困りますよ。君、前に言いましたね。婚約したのだから、僕が勝手にそれを解消しようとしたらそれなりのことはすると。僕の方から同じことを言ってもいいですか? 結納の手配もしているんだし、一方的な婚約破棄は民事訴訟の対象になりますよ」
絶句した。まさか、そんな脅し言葉が自分に返って来ようとは。ていうか、この男、本気でそんなことを言っているのか。
「千草さん。君、もしかして僕のことを怒ってますか」
唐突に話題が変わった。私は彼から顔を背ける。
別に怒ってない。軽蔑してるだけだ。
それへ。いつも通りの口調で。相手は言葉を続ける。
「ひとつだけ、釈明させてほしいんですが。僕はあの日、確かに殺された女の子に会おうと思っていた。でも、それはあのサイトには関係ありません」
思わず、身を固くしてしまった。
「言い訳にしては、ずいぶんお粗末ですね」
口調が冷たくなる。それでも。どんな表情をしているのか、振り返って確認せずにはいられなかった。
「そうですね」
彼は悪びれた様子もなく、腕を組み。
「それにしても、聞けばあのサイトは良からぬものだったそうじゃないですか。そういうものを愛用するような人間だと思われるのは、不本意だなあ」
納得いかない、という顔で私を見る。
って。それならもう少し頭の良さそうなことを言ったらどうなのか。小林夏希に会おうとしていた、でも援交目的じゃない、って? どうしてそんなこと、堂々と言えるんだ。
「そうですか。それでは小林さんが、ご親族だったとでも言うんですか? 元から知り合いだったと?」
冷たく言うと。
「いや、知りませんね。血縁関係も、無いと思いますが。家系図を調べてみないと分からないが」
などと、真顔で言う。そういうことを聞きたいわけじゃないっ!




