10 寮長のおつとめ -2-
「うちの部は、人数が多いから。派閥もいっぱいあるし、仲の悪いヤツらとかもいて、いろいろ面倒くさいことは多いです。でも。イジメとかないように、気を付けて来たし。まさか、そんな、薬とかやってるとか思わないし……」
花恋はまた、ため息をつく。
「そんなことやるほどのバカはいないと思ってたんだけどな。そんなのやったら、プレイに差し支えるって分かりそうなものだし。入ったばかりの小林はまだしも、穂乃花は部活頑張ってたし、そんなことしてたなんて信じられない」
すっかり落ち込んでいる様子だ。
私の知っている限り、花恋は裏表のある子ではない。そういう子だからこそ、利害関係だの好悪の感情だのが渦巻くテニス部で部長という職に推薦されたのだと思う。彼女の行動には裏がないし、公平な考えを持っているから。なんだかんだ言いたがる連中も、ついて行かざるを得ない。そういうタイプ。
彼女がそう言うからには。少なくとも彼女の目に映る範囲には、テニス部に異状はなかったのだろう。
「花恋さんのせいじゃないわよ」
私は彼女をなぐさめた。
「そんなこと、誰だってあると思わないし」
私だって、五年半もこの学校に在籍しているのに。一週間前まで、そんなこと考えてもみなかったのだから。
「でも、何か気になったことがあったら教えてね。何でもいいのよ。相談に乗るから」
次の言葉を言うのに。私にも、少し勇気が要った。
「これ以上、被害者を出さないために。私たち、知恵を絞らなくちゃいけないんだわ」
さて、朝食の席で。お祈りをする前に、少しだけ時間をちょうだい、とみんなに言う。
「私、ナプキンの手持ちが少ないので、担任の先生に外出許可を申請しようと思うのですが。皆さんも、生活必需品が足りなくて困っているようなことはありませんか? ドラッグストアで買えるものなら一緒に買って参りますよ。希望のある方」
ここで挙手を募ったのは失敗だった。全員が手を挙げてしまった。
まあ、いつまで外出禁止が続くのか分からないしね。たとえ新品のシャンプーボトルが手元にあっても、『詰め替え用がないわ! どうしよう』 みたいな気分になるよね。それは分かる。分かるけど。
私が持って帰れる量にも限界があるので。今回は本当にせっぱ詰まっている人だけにしてもらい、今後の買い物については学校側と相談しておく。ということで納得してもらった。
やれやれ、仕事がまた増えた。
お祈りを終えて、食べ始めると。
「千草さあ。食事の前に、生理の話とかするなよ」
小百合が顔をしかめて話しかけてくる。
「食欲なくなるじゃん。また、今日のおかずがプレーンオムレツだしさあ。この、四角い卵にケチャップかけると、それがまた何とも」
「あのね。アンタの描写の方が食欲なくなるわ」
私は眉間にしわを寄せてオムレツに手を伸ばす。ケチャップは……今日は、いいか。
「そうよ、千草さん。いくら女子校だからって、そんなことを大きな声で言うのに慣れてはダメよ。社会復帰できなくなってよ」
撫子は笑いをこらえている。
「別にいいわよ」
私は言った。
そもそも、そういうのがイヤだから私は女子校を選んだのだ。生理痛が痛いとか、ナプキンはどこの会社の製品がいいのかとか、ブラジャーが夏は蒸れるとか。大きな声で普通に話せる女子校、サイコー。
そういう話を、男子の目を盗んで女子トイレだけでコソコソとしなくてはならないような環境が、女子を陰湿にする。そんな気がする。
狭い更衣室に詰め込まれてではなく、広々とした教室で堂々と着替えられる爽快さ。それだけで女子校に来た甲斐があるというものである。
一生女子校にいたい。男子なんか要らん。男がうようよしている一般社会に復帰なんかしたくない。
「いいのよ。進学先も女子大なんだし。私、男なんかキライだから」
「あら。だって、千草さんは……ねえ」
意味ありげにこちらを見る撫子。何。
「卒業したら、名前が変わるのでしょ?」
オムレツを切っている手が止まった。
その話か! 撫子に話すんじゃなかった、と今さら後悔。だってあの時は、こんなに早くダメになるとか思わなかったし。
「あれ、撫子まだ聞いてないの?」
小百合が不思議そうに撫子を見る。あ、ヤバい。
私は口に入ったままのプチトマトを急いで飲みこもうとして。
むせた。




