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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
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9 百花園生気質 -4-

 はい? 何か、頭が真っ白に。脳神経がその光景を想像することを拒否している。

 なんですか、その乙女ゲームの見せ場みたいな、それでいて、いっそそのまま階段下に叩きつけられて骨の一本も折った方がマシな気がするイベントはー?!


「うっわ。何ソレ。すげーヤダ。めちゃくちゃ運悪いな、千草の妹」

 小百合さんの超端的なコメント。ハイ、まあその通りでございますわね。


 しかし。それってもしかしてアレか。先週の、忍の晒し場送りの件。廊下等での私語、というヤツ。

 今の撫子の情報が確かなら、それは正に現場を十津見に押さえられたということになるだろう。

 ただし。それを私語で済ましていいのか、っていう気は激しくするが。


 私は今まで十津見のことを、どうでもいいことを大げさに騒ぎ立てる面倒くさい教師だと思っていた。

 しかし。

 忍が突き落とされる現場にいて、それをあの程度の処分で済ましたのなら。信じられない事なかれ主義、許されざる無責任教師ではないか! 十津見、許さん。忍に慕われる資格なし!


「あら。ロマンスじゃありませんか。聞きようによっては」

 撫子さん、撫子さん。後半、本音でてる。

「こんな耳寄りな話、すぐに噂になりますわよ」

 嬉しそうに言うが。アンタが言いふらさなきゃ噂になんかならないと思うけど?


「撫子さん」

 私はとっておきの声で言った。

「根も葉もないうわさ話はやめて下さいね? 十津見先生も迷惑だと思いますよ」

「あら。皆さん喜ぶと思いますわ。十津見先生も若い男性ですし」

 あっさり言い返される。


「ほら、この学校って女の子ばかりでしょう。みんないわゆる恋バナというものには飢えていますから。私が黙っていてもこんな美味しいお話、野火のように広がりましてよ?」

 やめてくれ。うちの妹が嫁に行けなくなるから。


 それにしても、あれだな。あんなんでも、十津見も生徒たちから男性として意識されているということか。女子校、恐るべし。他にピチピチとした男子がたくさんいる共学校であれば、あんな汚らしいオッサンに誰も見向きもしないと思うのだが。

 吉住先生のことといい、やはり若い男性教師にとってはパラダイスなのだろうか、女子校という空間は。

 私が男だったらゴメンだけどね。こんな魔窟に進んで足を踏み入れるのは。


 この件は確かに噂になるだろう。

 実の妹が関わっていなければ、私も面白おかしく吹聴している、確実に。


 みんなの気持ちはこうだ。

 十津見なんかに自分で行く気はさらさらないが。誰かが行くというのなら生温かく、いやガツガツとした視線で。ぜひ、行き先を見届けたい。

 そういう恋愛に飢えた女子生徒たちの欲望が生々しく感じられるような話である。いや、うちの妹は見世物ではないんだけど。


「噂は避けられないでしょうね」

 ため息をつく。

 撫子でなくても、そんなおいしい噂を百花園の乙女たちが放っておくわけはない。格好の餌食である。

「それにしても」

 呟く。忍のことは、何とか手を打ってやらないといけない。


 十津見とのことは、まあいい。人の噂も七十五日だ。しばらくは大騒ぎになるだろうが、そのうち鎮火する。

 問題は。あの子が他の一年生ににらまれているらしいこと。

 六年間、同じメンバーで過ごすのだ。火種は小さいうちに消し止めておかなければ、面倒なことになる。


「一年竹組って、誰がいたかしら」

 もちろん我が桜花寮に、である。そうたずねると。

「美空さんがそうよ。それと望さん」

 すぐに答えが返ってくる。

 一家に一台、瀧澤撫子。性格が悪いことに頓着しなければ、便利この上ない。


 間島美空は確か、クラス委員を務めていたはず。実務的な優等生タイプの子だったと思う。うってつけだ。今度彼女に妹のことを頼んでおこう、と思って。私は心を落ち着かせた。


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