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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
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7 婚約者に会いに -2-

 しかし、十分ほど後、出て来たものは。お茶と言うのも無惨な、うすら茶色い液体だった。

「あの、これ。何というお茶でしょうか?」

 遠回しに異議を申し立てると。

「さあ、何だったかなあ。実家で余っていたのをもらって来ました」

 というお返事。

 

 あまりに納得いかないので、キッチンに入ってみると。マリアージュフレールのマルコポーロじゃありませんかよ! こんな銘茶をよくこれほど不味くいれられますな! もったいないにも程がある。

 ということで、私が淹れなおした。この人にこんなお茶は必要ない。スーパーで売ってる一番安いティーバッグで十分だと思う。


 美味しいお茶を飲んで、少し私の気も落ち着いた。お互い、話すわけでもなくただお茶を飲んでいる。二人きりの部屋は静かだ。

 怒りがおさまったら、そんなことが急に気になりだす。

 こう、なんというか。やっぱり私、男の人は苦手だ。距離の取り方がよく分からない。


「あの。パートナーっておっしゃってましたけど」

 かなり唐突に、思いついたことを口にする。

 言ってしまってから。それは電話を聞いていたってことで、かなり失礼かなと思ったのだけれど、もう遅い。


「ああ。仕事のパートナーなんです」

 幸い、克己さんは気にする様子もなく答えてくれた。

「僕では手の回らないところをやってもらっています。この通り、年中閑古鳥が鳴いている状態なので、常雇いとはいかないのが残念なのですが」


「それはその。占いの? それぞれ専門が違うとか、ですか?」

 調子に乗って聞いてみる。

 この人が、いったいどういう仕事をしているのかサッパリ分からないのだが。占いにも住み分けとか、あるのだろうか。

 まあそう言えば、星占いとか四柱推命とか風水とかいろいろあるけどさ。

 とりあえず私には、克己さんが恋愛占いとかしているところは全く想像できない。お客が怒って帰ってしまいそうなことしか、言いそうにない。

「彼は占いはしませんよ。興味もないんじゃないかな」

 克己さんは言った。

 何だそりゃ。どういうパートナーなんだ。経営面のコンサルトとか、そういう人かな。それなら分からないでもない。

 

 でも、まあ。『彼』ということは、恋人とか、そういうのではないんだよね。いや、気にしてるわけじゃないけど! 別に、恋愛して婚約したわけじゃないし。

 でもほら。克己さんは大人だし、三十二歳だし、そういう人が今までにいてもおかしくないわけだし。ああ私、何を考えているんだ。


「あ、あの!」

 またしても唐突な切り出し。不様だ。不様だ、私。

「何ですか?」

 克己さんはいつも飄々、落ち着いている。

 そうされると、自分の不様さが余計際立って。テーブル下で、その長い向こうずねを蹴り飛ばしたくなる衝動に駆られるわ。

 こうやって顔を合わせているだけで。残念ながら、向こうは大人で私は子供でしかない、って事実に気付かされる。


「あの。サインしていただきたい書類があるんですが」

「婚姻届ですか?」

 相変わらず、一足飛びに話が飛ぶな!

「いえ。交際届です」

「それは何の書類ですか?」

 それで、私は説明する。百花園では男女交際に届け出が必要なこと。これから婚約者としてお付き合いをするなら、提出しておいた方が何かと都合がいいこと。


「ふうん」

 克己さんは興味なさそうな顔になる。

「ずいぶん、面倒くさい学校ですね。どうでもいいことだと思うが」

 ああ。この人、そういう形式的なこと好きじゃなさそうだよね、そう言えば。私だってくだらない校則だと思うけど。


「分かりますけど。書いていただいた方が、私が都合がいいんです」

「君がそんなに言うなら、構いませんよ」

 克己さんはそう言ってくれたが、いかにも気乗り薄だ。何か。営業のうまくいかない営業マンってこんな気分なのかしら。


 しかし、ここまで言っておいて、書いてもらわないで引き下がるのもみっともないので、私は折りたたんだ用紙を出す。そこにはとりあえず、私の名前とクラス、所属寮名が書いてある。ちなみに、母のサインは偽造済み。

 ペンを垂直に立て、二本指で持って丸っこさを心がけて書くと、あら不思議! 私の筆跡は母にかなり近くなるのである。印鑑は、こういう時のために格安ハンコ店で作成、こちらも捺印済み。


 克己さんはしげしげと用紙を眺めた。

「僕の保護者の署名も要るんですか? 父が書いてくれるとは思えないなあ」

 いや、アンタ子供じゃないから。保護者とかいないでしょう。

 この用紙では、百花園生の交際相手として他校の男子生徒を想定しているので、そういう欄もあるのだが。克己さんはれっきとした大人なので、本人の署名捺印だけでこと足りるはずである。


 その旨を説明すると、克己さんはふうんと言ってまた、紙を眺めた。

「雪ノ下千草。珍しい苗字ですね」

 今、そこにツッコむ?

「一週間前に名前を名乗っておりますが」

 ついでに、見合い写真に付けた釣り書きにも書いてあるんだけど。

「ああ、そうですね。苗字は必要ないと思ったから」

 はい、そういう人でしたね、貴方は。


「君。妹さんは、いますか」

 急に聞かれた。

「ええ、まあ」

 それも釣り書きに書いてあるんだけど。

「同じ学校ですか」

「ええ」

 それも書いてある。


「全部、釣り書きに載っておりますけれど」

 腹が立つので、ハッキリ言ってやると。

「そうですか。写真以外見ていないからなあ」

 と返ってきた。

 

 ホントに、フリーダムな人だな! クラクラするわ。恋愛的な意味でなく。こんな大人がいていいのか。むしろこの人は、本当に大人なのか。心配になってくる。


「私に妹がいると、どうかするんでしょうか」

 ムッとして尋ねると。

「いえ、気になっただけです」

 という返事。

 フリーダム万歳。私はやけっぱちである。


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