1 運命の出会いとは、かくあるものか -3-
会うはずだった見合い相手だ、この人!
「北堀、克己さん?」
私の声に。相手は驚いたようにこちらを見直す。
「おや。君と、どこかで会ったことがありましたか? おかしいなあ、女子高生の知り合いはいないはずなんだが」
首をかしげている。
よーしーこー叔母さんー。相変わらず、段取り悪いなあ! 今回もまた、見合いと認識されていなかったようだ、どうやら。
「矢崎祥吾の姪で、雪ノ下千草といいます」
「矢崎さん。知らないなあ」
ますます首をかしげる。叔父さん。貴方の存在すら認知されておりませんが。
「今日、お会いするはずだったのですが」
何だか、気に障って。言わなくてもいいことを言ってしまう。
「誰と」
「あなたと」
「誰が」
「私がです」
「それはまた、一体どうして?」
「どうしてって」
うむう。私から言うのはちょっと屈辱的な気がするが。しかし話の流れ上、言わないわけにもいかない。
「お見合いと聞いておりましたが」
そっぽを向く。
「見合い」
北堀さんは、ぽかんとする。
何か。これ以上、何を言ってもみっともない気がするので。
私はツンとした顔のまま、黙っている。
「ああ。そう言えば、実家から何か来ていたなあ。興味がないもので、そのまま捨ててしまった。失礼」
捨てた!
いや、今日の今日、待ち合わせ場所で見合い写真を開いて見た、私の言うことではないかもしれないが。
しかし、捨てられた!
何か、ものすごい屈辱感なのですけど。
「困ったなあ。君、僕と結婚したかったんですか」
真面目な顔で聞かれた。
「さあ。それを決めるためのお見合いじゃないんですか」
私は冷たい声で言った。
「けれど、一度や二度会ったくらいで一生付き合える相手かどうか分かるわけはないでしょう。いや、それを言ったら大恋愛して結婚したカップルでも離婚はする。結局、やってみないと分からない。そうしたら、結婚するかしないか、決断するかどうかの問題になってくる」
理屈っぽいな、この人。
私もまあ、理屈っぽい方であるが。
そして、今日のお見合いもいつも通り。適当におごってもらった後、「私には分不相応すぎる方ですので」とサラリと断るつもりではあったのだが。
何やら、見合い写真と釣り書きを見もせずに捨てられた上、このような言説をされてしまうと。私の中でグラグラと煮えたぎるものが。
「お話、よく分かりました」
私は言った。
「つまり、私があなたと結婚したい気持ちがあるかないかが肝要。そういうことですね」
「そうでしょう」
うなずく北堀さん。
「結婚したければ、このお話は成立。そういうことですか」
「そうですね」
「でも、北堀さんの方では私にご不満はないのですか。誰でもいいというわけではないでしょう」
「さあ。さっきも言いましたが、誰と結婚しても、上手く行くか行かないかはやってみなければ分からない。その点は、君とでも、誰とでも同じでしょう」
こめかみがひくつくのが分かる。この男。誰でもいいとか申しましたですよ。
「よく分かりました」
私は言った。
ここまで冷たい声は、自分史上でも出したことがない。
「それでは、結婚しましょう。私、貴方と結婚したいです」
相手の手を握る。
「誰でもいいなら、私でよろしいわけですね。では、これで縁談成立ということで」
その瞬間の、北堀克己の顔を見て。私は心の底から「勝った」と思った。
「本気ですか。まいったなあ」
呆れたように言う彼。
ふふん。女をナメるな。私は、極上の笑顔を作る。
「もちろん、本気です」
北堀さんはため息をつく。
「僕の妻になると?」
「はい」
「一生、一緒に暮らす?」
「もちろんです」
「君、正気ですか」
「まあ」
私は殊更に驚いた表情を作ってみせる。
「先程は、私でいいとおっしゃって下さいましたのに。もうお言葉を翻されるのですか? ショックだわ」
ふっふっふ。所詮、自分はその程度の男なのだと認めておしまい。
そして、私にひれ伏して許しを請うなら、情けをかけてやらないこともない。
「いや、御見それした。君、なかなか面白い人ですね」
北堀さんは呟いた。
それから私の顔をまっすぐに見下ろす。
あ、この人、瞳も色素薄い。日本人っぽくない、茶色っぽい瞳だ。
「分かりました。結婚しましょう。やってみれば、面白いかもしれない」
ってえ?!
本気か、この男。
それでいいのか、人生の一大事を決めるのに。
しかし、私の方もここで引くわけにはいかない。
「嬉しいです」
相手の指をギュッと握って。笑顔で、そう言う。
出会ってわずか十五分。
私たち、こんな経緯で生涯の伴侶を決めました。




