6 後手を踏む -4-
あれ、何か聞き覚えがあるような。と、一瞬思い。一年竹組というクラス名で、すぐにひらめいた。殺された小林夏希の友人ではないですか。
ふうん。
私は、相手をじっくりと見る。撫子は、この子は何も知らないようだと言っていたけれど。花売りや薬のことは知らなくても。近くにいたのなら、何か本人もそれと分からぬうちに気付いていることがあるかもしれない。
ここは、恩を売って親しくなるチャンス。私は本腰を入れて話を聞く体勢になった。
クラスメートの一人を事件で失った、当事者のクラスだ。他のクラスとは深刻さの度合いが違う。
入学して半年しか経たない一年生のクラスということもあって、今回のテーマ変更でも意見がまとまらず、クラスの雰囲気も悪くなっているらしい。
「私、もうどうしたらいいのか」
彼女はちょっと不満そうに唇を尖らせる。
少女よ。その表情は、この学校に男子という生き物がいれば、万に一つカワイイと思ってもらえるかもしれないが。百花園においては、『仕事も満足にしないうちから文句ばかり言う』というマイナス評価しか得られないぞよ。
「ええと。星野さんのクラスは、何をやる予定だったのかしら」
私は、コメントを避けて資料をめくる。
「サロメです。劇です」
と言われて。思わず、手が止まってしまった。よりによってそれか! そして、一年生にしては随分と挑発的なものを選んだな!
ご存知かもしれないが、サロメとは新約聖書に登場する女性で、バプテスマのヨハネの首を斬るように父王に進言したといわれる人。オスカー・ワイルドがその動機はヨハネへの恋が報われなかったからという戯曲を書いて、オペラ化もされたという人気作ですよ。なんていうか、元祖ヤンデレ? な感じの。
まあ、『ロミオとジュリエット』でなかっただけ現代風だと評すべきか。恋に恋するローティーンには魅力的な題材なのかもしれない。
しかし、うーむ。
それは確かに、『悼みと祈り』には程遠い。うちのクラスのホラーハウス改め地獄の門より遠い。
「成程ねえ。どうしたものかしらね」
私はちょっと考える。
「みんな、せっかく練習したのに、って言うんです」
星野志穂は不満そうに言った。
「私、みんなで讃美歌を歌ったらどうか、って言ったんですけど。みんな嫌がるし」
「そうねえ」
まあ、それは正直面白くない企画だよね。今からじゃあ、練習してる時間もないしなあ。元の企画を出来るだけ生かしたいんだけど。
「脚本があったら、見せていただけない?」
私は言った。
星野志穂はカバンを探って、ホチキスで綴じた冊子を手渡してくれた。そんなに厚くはない。
表紙をめくると、配役表にそれぞれ名前が書きこんであった。星野志穂は女官役らしい。
並んでいるのはほとんどが知らない名前だが、同じ女官役に『弓香』と並んで『夏希』の名前があるのが哀れを誘った。仲良し三人組で、この役を独占したのだろうな。そこから一人が欠けてしまったことが。何だかとても、淋しく感じられる。
ちなみにうちの妹は、衣装係のようである。
雪ノ下、とだけ乱暴に書かれた字が、小林夏希と忍の仲が悪かったという撫子の話を思い出させた。




