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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
22/211

5 花園の祭典 -2-

「心さん、よろしいかしら」

 手を挙げて、発言許可を求める。委員長の三田村心はホッとしたような顔で、

「千草お姉さま、お願いします」

 と言う。


 私は立ち上がり、皆を見回した。

「この時期の開催で、ふさわしい言葉と言えば一つだと思います。もちろん皆さま、一番強いのは非道な犯人への怒りと憎しみでしょうけれど、そんな気持ちでは素敵な学院祭にはなりませんから。そんなことはきっと、亡くなった方も望んではおられないと思います」

 会ったこともないけどね。しかも彼女、一年生だったから、一度も学院祭を体験してないわけだけど。

 そんなことはおくびにも出さず、すらすらと話を続ける私。自分がコワイ。


「私たちの気持ちを表わせば、こういうことではないでしょうか。つまり……悼みと祈り」

「いたみと、いのり」

 三田村心が繰り返す。私はうなずいた。

 

 みんな、その言葉をかみしめるように繰り返している。

 自分ながら、悪くないと思う。ストレート&シンプル。今の状況には合っているし、世間の耳目を集めている事件なのだから、下手に無難なテーマを決めるよりがっぷりと組み合った方が良いと思うのだが。


「ええ。とてもいいと思います」

 心はうなずいた。

「私たちみんな、この事件で痛みも悼みも感じておりますし。夏希さんのために、祈りたいと思っています。どうでしょう。昼休みも短いことですし、決を採りたいのですが。千草お姉さまのご提案に賛成の方、挙手をお願いします」

 その声に。いくつもの手が挙がる。

 

 女子というのは、基本的に付和雷同が好きな生き物だ。派閥争いが存在する場では攻撃的かつ陰湿になるが。こういう、「みんなで何かを決めましょう」的な場では、知恵を絞って考えるのも面倒くさいし、何か言って目立つのもイヤだ。そう考える者が多い。

 つまり、ある意味言ったもの勝ち。

 それが六年のお姉さまの発言ともなれば、余程でなければ歯向かってくるものなどいない。そして、当然のように私の提案は通った。

「では、実行委員からの提案は満場一致で『悼みと祈り』といたします。それでよろしいでしょうか、吉住先生」


「ああ。早速、放課後の職員会議にかけるよ」

 先生は立ち上がった。

「迅速に決めてくれて助かった。ありがとう、三田村。みんなも」

 心は吉住先生のファンなので、嬉しそうな顔をした。


「正式決定したら、新しいテーマに沿って出し物を修正してもらうようになるから、委員はそれぞれの所属クラス、部活に予告しておいてくれ。時間がないから、頑張ってくれよ。明日の昼休み、同じ時間にもう一度委員会を開く」

 そう言って、先生はあわただしく会議室を出て行った。

 もう、五時限目開始まで時間がない。心が散会を宣言し、生徒たちも席を立つ。


 私も部屋を出ようとした時、心に呼び止められた。

「千草お姉さま。私、不安なんです」

 小さな声で、下を向く。

「こんなことになって。急にテーマや出し物を変えろなんて言われても、みんな困るでしょうし。私なんかに、さばけるのか」

 あらら。本気で不安そうだ。


「心さん。あなたがそんなことではダメよ」

 私は彼女の肩を抱いて、勇気づける。

「大丈夫よ。ここだけの話、換骨奪胎の精神で行けばよろしくてよ」

「換骨奪胎?」

 心が目を丸くする。


「要するにね、悼みと祈りの精神が目に見えるようにされていれば、どんな企画でも問題ありません。逆に、どんなに敬虔な企画でも、悼みと祈りが形として示されていなければ、そうなるように私どもで指導しなくてはなりません。私の申し上げてること、分かりますか?」

「ええと。形として、ですか?」

「そうよ。形としてよ」

 この子は去年も、実行委員で。私の下で働いたのだから、それで分かりそうなものだが。


「それはあのう。去年、お姉さまがおっしゃっていたような」

 思い出してくれたかな。

「そうよ。結局、根源は変わらないのよ。今年はちょっと、装いが変わるだけ」

「装いが」

 心は首をかしげてから、少し笑った。


「そういえば、去年はお姉さまと一緒に、企画の審査をしましたね。お姉さまは一つ一つ、的確な変更点を指示なさって。どうしてそんなことが出来るんだろう、と思いました」

「それはね。ビジョンがはっきりしていれば簡単だ、ってお教えしたでしょう?」

 思い出させるように言う。ええ、と心は懐かしそうにうなずいた。


「でも、お姉さま。今年の審査にも、お力を貸していただけないでしょうか。ひとりでは、自信がなくて」

「もちろん。委員ですもの、やるべきことはしますよ」

 私はうなずいた。

 正直、面倒くさいが。適材適所というヤツである。時間もないことだし、私が入った方が話が早く進むだろう。もちろん、後進を育てる意味でもあくまで主体は心と、副委員長の四年生。私はオブザーバーという役どころだろうが。

 

「さ、もう行きましょう。午後の授業が始まってしまうわ」

 私は心をうながして、部屋を出た。

 彼女はあわてて、会議室に鍵をかける。職員室に鍵を返してから教室に戻ったら、遅刻してしまうことだろう。後輩ひとりに泥をかぶせるわけにはいかないから、付き合ってあげなきゃいけないだろうな。

 ため息をひとつ。


 それでも。

 殺人だの、危険ドラッグだの、売春掲示板だのを離れて。こんな日常に戻れる瞬間が、少しだけホッとするようでもあった。


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