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花園で笑う  作者: 宮澤花
エピローグ
209/211

4 墓地の時雨 ~千草 -2-


 復活の日も、輪廻転生も、この墓地から見上げる灰色の空からは見えてこない。

 あの子の細い体は焼かれて煙になって、この世界に四散した。魂はどこにいったのだろう。教えてくれるものはどこにもない。


 ずっと昔、教室で聞かされた十津見の退屈な授業を思い出す。

 液体、固体、気体。姿は変わっても物質の本質は変わらないとか、何だかそんな話だった。

 水が氷になったり、水蒸気になったりするのを例に挙げていたけれど。


 水と氷はともかく。蒸発して大気中に四散してしまったら、それも同じといえるのだろうかなんてぼんやり考えていたら質問に当てられて、うまく答えられなくてさんざん厭味を言われた。さっさと忘れたい思い出である。

 忍の話では、専門の地学分野になるとヤツは星だの雲だの鉱物だのについて楽しそうに語ってくれるらしいが。正直、そんな姿を見たくもないし。それに付き合える妹の感性もどうなのかと思ってしまう、そんな今日この頃。


 浦上家の墓のある区画を出ると舗装された道路がある。この広大な霊園には区画ごとを結ぶ道路が敷地のいたるところに張り巡らされており、参拝者は車で来園するのが当たり前になっている。

 そこにこの場所に似合わない真赤な車が停まっていて、私を連れて来てくれた人が所在無げに車に寄りかかっていた。


「お待たせしました」

 声をかけると彼は顔を上げて私を見て、

「気は済みましたか?」

 と物憂げに言った。


「はい。……いいえ」

 私は、曖昧な返事をする。

「改めて、もう薫はいないのだということが身に染みました」

 氷が気化して大気に四散するように、浦上薫という人間はただの有機物の塊になり。それすら焼かれて、灰になり煙になって。今はその欠片だけが地下に残されている。

 それを確かめるために、きっと私はここまで来たのだろう。


「そうですね」

 克己さんは相変わらず物憂い調子で続けた。

「生き続けるのにはエネルギーが必要ですが、死ぬ時は一瞬です。そして、後には思い出の他には何も残りません」

 その口調が悲しげで、私はつい彼の顔を見直してしまう。

「今回も、何も出来なかったなあ」

 彼は呟いた。


 そうして私は、この人がこんな思いを何度もしている人なのだということを思い出した。

 ズルいな。今日は甘えるつもりだったのに。

 その広い胸にすがらせてもらってもいいかなと思ったから、パパやママじゃなく克己さんにここに連れて来てもらったのに。


 でも、仕方ないから。私はため息をついて、

「そうですね。今回は何も出来ませんでしたね」

 と言う。

「だから。次は頑張りましょうね」

「次?」

 彼はきょとんとして私を見る。


「だって、見えてしまうんでしょう? 誰かの悲しい結末が」

 私は言った。

「前におっしゃったじゃないですか。ひとりの時はほとんど何も出来なかったけれど、十津見先生と組むようになって、少しはマシになったって。それなら、三人になればもっと出来ることが増えるんじゃないですか」

 ちょっと間をおいて、付け加える。

「十津見先生がいるなら、妹も加わりたがるかもしれませんし。そうしたら、これで四人。あら、葉桜さんもいましたね。五人でした。それに私にも、力を借りられそうな友人もいますし」


 小百合の腕っぷしだの撫子の情報網だのは、今回のような事態に対処する時に、きっと使えるだろうし。

 妹をまきこむのは不本意だが、十津見がいるならあの子はきっと勝手に首を突っ込んでくる。


 克己さんはしばらく私の顔を見て、それから笑った。

「君は、本当に強い人ですね」

 そう言って私の頭を大きな手で撫でる。何だか子供扱いされている気がして、ムッとした。

 私が強くいられるとするなら、それはこの人のおかげなのに。


 文句を言おうと顔を上げたら、頬に大粒の雨が当たった。

「降って来ましたね。車に入りましょう」

 克己さんに促されて、赤い車の助手席に乗った。



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