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花園で笑う  作者: 宮澤花
エピローグ
208/211

4 墓地の時雨 ~千草 -1-


 私がその場所を訪れたのは、クリスマス一週間前の日曜日だった。

 

 仏教には、四十九日というものがある。人が亡くなった後、七日ごとに法要を行いそれを七回繰り返す。その四十九日目が、故人が閻魔大王の裁きを受けて極楽浄土に行けるかどうか決まる日なのだという。地上の人々は、故人が浄土に行けるようにと願いを込めて法要を行う。そういうものであるらしい。


 うちは仏教徒ではないので、この辺りはネットで調べた。もっとも母の実家は先祖代々のお墓のあるお寺もあるので、最初は母に聞いたのだが。

 そういう法事はある。大切なものだと、それだけの返答だった。あまり熱心な信者とは言えないなあと思う。もっとも大概の日本人はそんなものかもしれないが。


 薫の葬式やお通夜に、私は行かなかった。顔を出せる資格はないと思った。

 けれどいろいろな人と話したり、事件の推移を聞いたりするうち、思うところがあり。結局、学校が再開する少し前の日に克己さんと十津見に連れられて、薫の家に行って仏壇に手を合わせた。

 そうして私の知っている限りの薫の最後の日々をご両親に伝えた。


 小百合と一緒に彼女が知らない車に乗る場面を見たこと。

 カバンを取り上げ、薬をやめて先生方に告白するよう説得したこと。

 それに応じなかったので、私自身がそれを朝倉真綾に渡したこと。


 薫の両親は黙って話を聞いていた。顔立ちはお父さんの方に似ていたけれど、華奢な体格や白い肌はお母さんに似ていると思った。

 誰かに相談しなくちゃ、先生でも警察でも、ご両親でも。そんな私の言葉を薫が拒否したと言ったところで、お母さんが声を上げて泣き始めた。

 お父さんは何も言わないまま最後まで話を聞いて、

「わざわざ、ありがとうございました」

 と頭を下げた。


 罵倒も、恨み言も受ける覚悟で行ったのに、そんなものは何もなくて。私は仏壇にお線香を上げて、静かに浦上家を辞去した。

 私がしたことは必要なことだったのか。それとも余計なことだったのか。克己さんも十津見も何も言わなかったし、自分でも分からない。

 ただ、あのご両親も私と同じように。


 どうして助けを求めてくれなかったのか。

 どうして何も出来なかったのか。

 どうして気付いてやれなかったのか。


 そのことを、一生思い返しながら過ごしていくのだろうと思った。その刃はきっと、家族であったあの人たちに、より深くより鋭く刺さっていくのだろう。



 四十九日の法要の日は、克己さんから教えてもらった。だから、それが終わった後の日曜日。人のいない墓地に私は花束を持って行った。

 宗派関係なく入ることが出来る大規模霊園というヤツで、巨大な敷地には見渡す限り墓石が並んでいる。たくさんの人がかつて生きていた名残が冷たい石の形になって、いくつもいくつも並んでいる。

 お寺の墓地みたいに、立派な墓石や慎ましやかな墓石の区別があったりするでもなく。どれもこれも同じ規格の墓石が、同じ大きさの区画に同じように整然と並んでいるだけなので。

 死というものの無機質さをかえってリアルに感じさせた。


 墓石の横には薫の祖父母だろうと思われる人たちの名前と並んで、彼女の名前が刻まれている。享年十五歳。あまりにも短かった生涯。

 花を活け線香を上げ、墓前にしゃがんで形どおり手を合わせる。


 墓地はがらんとして、他に人影もなかった。寒い日で、天気予報も曇り時々雨だ。

 法要の日だとか命日だとか。そういうことでもなければ、わざわざ墓参りに来る人もいないのだろう。

 しばらく、そのまま墓石を見つめていた。

 線香が燃え尽きて崩れた頃、足が痺れかけているのに気付いてようやく立ち上がった。


 ここには薫はいない。

 彼女の骨は埋まっているのかもしれないけれど、それは彼女という人間が存在したという、そんな形見に過ぎなくて。

 浦上薫という私が知っていた女の子は永遠に失われて、もう帰ってくることはない。


 父の家系がクリスチャンで。私も百花園というキリスト教系の学校に入って。他の生徒よりはちゃんと信仰を持っていると思っていたけれど。

 何てことだろう。私は、復活の日に薫が立ち上がり、神様の祝福を受ける未来を思い描けない。

 私も、四十九日の意味を言えない母と同じ程度の不信心者であるようだった。



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