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花園で笑う  作者: 宮澤花
エピローグ
207/211

3 目に映る世界 ~忍 -5-


 不意に強い力で抱きしめられて、忍は忍の中に戻る。

 先生の腕が後ろから自分の体を支えていた。振り返ると、先生はきまり悪そうな表情になって力を弱める。

「失礼。何というか、今……。まるで、君がここから消えてしまいそうな気がした」


 先生はカンがいいのだな、と忍は思った。

 忍や北堀さんのような力はない、そう言うけれど。忍が今、『忍』ではなかった。そのことを先生はちゃんと気付いてくれた。


「大丈夫です」

 忍は手を伸ばし、先生の大きな手に自分の手を重ねてみる。

「私、私でいるのが好きです。だから、ずっと私でいたいと思います」

 そう思わせてくれたのは先生なのだけれど。


 泣いてばかりで自分に自信がなくて、弱かった自分。

 そんな忍をいつも先生は信じてくれ、支えてくれた。誰かがありのままの自分を認めてくれる。その温かさを教えてくれた。

 それが忍に、あの黒いモノたちに立ち向かう力をくれたのだ。


 小さい頃からいつも他人の悪意に怯えて泣いていた。それが更に人の悪意を招きよせた。だけど。

 それはあの人たちの精一杯のSOSだったのかもしれないと、今は思う。

 忍がだけが知ることが出来る緊急信号。小林さんも彩名もきっと、苦しんでいた。苦しんで助けを求め続けていた。それはもしかしたら、朝倉先生もタケヒロも、みんな。


 まだまだ忍は未熟すぎて、それを救うことなど出来るはずもないけれど。

 泣いて怯えて背中を向けるのではなく、これからはせめて、そんな声に耳を傾けていきたいと思う。

 先生が黙って忍に手を差し伸べてくれたように。涙を流しての訴えを辛抱強く聞いてくれたように。


「先生」

 忍は小さな声で言う。

「もし小林さんが殺されないで済んだなら。今だったら、友達になれたかもしれないのにって思います」


 その痛みは、ずっと自分の胸に残るのだろう。

 亡くなって、この世にいなくなって、何週間も経ってから初めて気が付いた可能性。

 今。ようやく忍は、彼女の死を心から悼んでいた。


「人の命は取り戻せない。後悔するだけ時間の無駄だ」

 先生は言う。

 それはきっとそうなのだろう。もう誰も彼女を取り戻せない。

「でも、忘れたくないと思います」

 忍は言った。


 先生は、ちょっと目を細めて、

「君は強いな」

 と呟くように言った。


 忍は首を横に振る。自分は全然、強くない。

「先生がいつも守ってくれるからです」

 重ねた手に少しだけ力を入れて、先生の指を握ってみる。

「ありがとうございます」


 先生は熱いものに触れたように、サッと手を引っ込めた。

「その。別に、それは特別なことではなくて。生徒が困っていれば力を貸すのは当たり前だから。あー、誤解しないように」

 咳払いして、そう言う。

「はい」

 忍は素直にうなずいた。もちろん、それくらい承知している。


「その、だからだな」

 先生は左腕を上げ、腕時計をチラリと見る。

「これからも何か困ったことがあれば遠慮せず相談しなさい。あー、君は少し、いや、かなり軽率だから。決して自分勝手に判断して行動しないように。それでは、そろそろ時間だ。病室に戻ろう」

 そう言って背中を向けて歩き出す。

 

 それを追いながら、もっとしっかりとした自分にならなきゃと思う。

 けれど先生が傍にいさせてくれて、ほんの少し甘えるのを許してくれるなら。

 自分はなんて幸せなんだろうと、忍は心からそう思った。



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