3 目に映る世界 ~忍 -3-
コドリーという妖精を、自分が見逃したのはラッキーだったのだろうか。『彼』は警察に協力的で、何でも話しているそうだ。
朝倉先生は、子供の時からお兄さんお姉さんに比べて出来が悪いと周囲に言われて育ったらしい。
成績が悪かったわけではないけれど、秀才だったご兄弟ほどではなかった……ということみたいだ。そのせいか、目立たない生徒だったのだという。
大学生の時、友達に連れて行かれたクラブでタケヒロに出会い、彼から薬を教えられた。
タケヒロという男は、女性に薬を勧めてはどんどん自分の彼女にしていたらしい。そして無理やり薬を買わせてお金も払わせる。彩名や彩名のお母さんも同じで、薬の中毒にされていたそうだ。最低だと思う。
朝倉先生が薬にハマったことはすぐにご家族にバレた。先生はタケヒロと引き離され、薬も止めさせられた。
そのことを隠匿したまま、百花園の理事をやっている親戚が彼女を学院の養護教諭にした。ご家族はそれで全てを終わりにしたつもりだった。不祥事を起こした娘を厳重に自分たちの管理下に置いて、女ばかりの世界に隔離して、それで終わると思っていた。
でも、そのことでますます家族からは『出来損ない』と見られるようになった朝倉先生の中で。
やがて『フレイア』が生まれた。
先生は自分の力を自覚していなかった。力の使い方を教わったこともなかった。
ただ自分の中にある不平や不満、不安や嫉妬から逃れたくて、それを全部フレイアと名付けた人形のせいにした。
自分の記憶を、属性を、感情を。彼女は切り分けてどんどん人形に与えていき。
力を与えられたフレイアは、独立した『妖精』となった。
先生は、初めそのことを面白がった。
人形が勝手にしゃべること、自分が今まで感じていた気持ちを代弁してくれること。それを喜んだらしい。
フレイアが独立したことで彼女自身は不平や不満を持つ気持ちから解放され、楽になっただろうから。
だから、もっとやろうと思ったのだろう。
そうすることで、自分はキレイな正しい人間になれる。そう思ったのかもしれない。
次に生まれたのは『ワイルド・ジョージ』だった。
でも、彼を見て先生はすぐに怖くなった。ジョージはあまりに乱暴で、刹那的で、狂っていて、壊すことと殺すことにしか興味がなかったから。
先生は焦った。ジョージとフレイアを制御できる存在を作ろうと思った。分ければ分けるほど自分が弱くなってしまうのに、そのことに気付いていなかった。
そうして作り上げた『マジョスター』は、とても強い力を持った妖精だった。他者を制御するために生まれたマジョスターはすぐにフレイアとジョージを支配し。
朝倉先生をも支配しようとしたのだ。
彼女を作ったせいで、先生の魂はとても弱くなってしまっていた。マジョスターの上位に立ち、支配することが出来ないくらい。
薬の味を覚えていたマジョスターはすぐにタケヒロに連絡を取り、家族に隠れてこっそり薬を始めた。
更に怖くなった朝倉先生はやってはいけないことをした。
自分の残りを全部使ってマジョスターよりも自分よりも強い妖精、『深森博士』を作ってしまったのだ。
博士は先生の願いどおりマジョスターを抑え込んでくれたけれども、朝倉真綾の人格と力を分け与えられた中で最も強いのは彼になり、先生自身も深森博士に逆らうことのできない『妖精』の一人になってしまったのだ。
そして深森博士はマジョスターよりもっと邪悪だった。
博士はタケヒロに相談をもちかけ、薬を大量に回してもらう算段を付けた。
それを使って生徒を一人、また一人と薬物中毒者に仕立て上げ。彼女たちを自分の薬代をまかなうための手先に作り替えた。
小林さんも穂乃花お姉さまも、裏庭で殺されたお姉さまも、みんなその犠牲者だった。
忍が見ていた黒い影は、薬を通じて彼女たちに植え付けられたタケヒロや朝倉先生の悪意だったのだと思う。
朝倉先生は、気付いていなくてはならなかった。
そもそもあの人は自分の中の邪悪な部分、自分で認めたくない部分を自分から切り離して妖精たちを作っていた。
だから何回試しても、あの人には邪悪なモノしか作り出すことが出来なかったのだ。
絶望した朝倉先生は、最後に残っていた自分の意識を使って『コドリー』を作り、自分は完全な操り人形になることを選んだ。
逃げたのだ。
自分が引き起こす結果を見たくなかった先生は、何も見えず、何も聞こえず、何も感じない操り人形になる道を選び。
後は、妖精たちが跳梁するに任せた。
コドリーを先生の良心と思っている人もいるようだけれど、忍はそれは違うと思う。あれはやっぱり、彼女の脆弱な精神を守るための何かに過ぎないのだろう。
ただ、そのやり方が深森博士やマジョスターと違うだけなのだ。




