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花園で笑う  作者: 宮澤花
エピローグ
204/211

3 目に映る世界 ~忍 -2-


「やっぱり、悲しいです」

 ぽつりと言うと、先生は少し心配そうに忍を見た。

「女性の感じ方は私には分からないが。……あー、君は少々、いろいろなことに気持ちを傾け過ぎるのではないだろうか。筧彩名の人生は筧彩名の人生だ。君が責任を感じる謂れはないし、筧彩名もそんなことは望んでいないだろう。誰かの人生はその人間だけのもので、他の人間がそれに対して責任を持とうと思うことは僭越だと私は思う。君の……いや。君たちの生き方は、私にはひどく危ういものに思える」


「私たち?」

 忍がきょとんとして首をかしげると。

「一番典型的なのは北堀だ。君も君の姉も、私には同類に見えるな」

 何だか腹立たしげな様子で先生は言った。

「後悔するのは、自分が出来たはずなのに成し得なかったことだけでいい。それだけでも人生には十分だ。他人の運命まで背負い込む余裕など本来ないはずなんだ。北堀には散々そう言っているのだが、あの男は莫迦だから聞く耳を持たない。結局、見るに見かねて手伝う羽目になるが、おかげでろくな目に遭わない。迷惑ばかりだ。君はまだ若いのだし、そんなくだらない生き方を選ぶことはない。自分自身が幸せになることをまず考えなさい」


 先生の手が伸びて、膝の上の忍の手にそっと重なる。

 その手は大きくて指が長くて、そうされると忍はすごくドキドキした。

 

 重なった指の温かさから、先生の心が伝わってくるような気がして、

「先生は、お友だちが心配だから北堀さんのお手伝いをしているんですね?」

 そうたずねると先生は眉間にしわを寄せた。

「君。その認識は即刻改めなさい。私はあんな常識のない男と友誼を結んだ覚えはないし、今後もその予定はない。縁が切れるなら、すぐにも切りたいところだ。二度とそのようなことは言わないように」

 きっぱりと言う。仲が良さそうに見えたけどなあと忍は不思議に思う。


 でも、忍の手を離して横を向いた先生の不機嫌そうな顔が、忍に優しい言葉をかけてくれる時の表情に似ていたから。

 その言葉は照れ隠しなのかもしれないと思った。

 先生は優しい人だけど、それでも男の人だから。そんな優しさを表に出すのは恥ずかしい、そう思っているのかもしれない。



 そこで会話が途切れて。

 先生はまた黙って烏龍茶を飲みながら、持ってきた新聞をめくり。忍は手持無沙汰に窓の外の景色を眺める。

 どうしても考えは事件のことに戻ってしまう。


 タケヒロは、ドラッグのことでは捕まらなかったらしい。

 彼が売っていたドラッグは新しいもので取り締まり対象ではなかったから、罪にはならないそうなのだ。結局、彼の罪は彩名と忍に乱暴を働いたこと。それだけになるという。

 もちろん百花園の事件とのつながりは追及されている。タケヒロが朝倉先生に『殺しちゃえよ』と言ったかどうかとかが、裁判では問題になるらしいし。これからはあのドラッグも取り締まり対象になるそうだし。

 

 それでも。

 やっぱり気持ちが晴れない終わり方だな、と忍はため息をつく。


「どうした?」

 先生がたずねる。

「はい、あの」

 忍は、どうやったら思っていることを上手く伝えられるだろうかと考えながら言う。

「私。考えなしだったなあと思って」


「当然だ」

 先生は、我が意を得たりとうなずいた。

「だから何度も言っただろう。君は考えなしで無鉄砲で、人の話を聞かなくて」

 得々と続けているが。

 それもそうなのだろうけど、忍の思っていることは先生の言いたいことと少し違った。


 忍はあの時、手当たり次第に朝倉先生の作り出した『妖精』を破壊してしまった。

 仕方ないと言えば仕方ない。未熟で、怪我も負わされた忍にはあれ以上時間をかけることも、それぞれの『妖精』を解体して元の朝倉先生に戻すことも、きっと出来なかった。

 でもその乱暴なやり方は、朝倉先生の心を修復できないほど壊してしまったのだ。


 あの日までは『深森博士』と『マジョスター』という二つの妖精に使われる『人形』として、朝倉真綾という人格はまだ存在していた。

 だが忍は何の手当ても気遣いもせず、妖精たちを壊してしまった。

 朝倉真綾を使えるのはその二体だけだったから、彼女はもう起動しなくなってしまったのだ。


 あの時はそれでいいと思ったし、昔ながらの術者と術者の戦いなら別にそれで良かったのだろう。

 でも現代の日本では術者の戦いなんて認められていないし、犯罪者は法律や裁判できちんと裁かれなくてはならない。それに被害に遭った人たちは実際に何があったかをちゃんと知りたいと、きっとそう思っているのだ。

 でも。朝倉先生が機能しなくなったことで、事件の闇は深くなってしまった。



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