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花園で笑う  作者: 宮澤花
エピローグ
201/211

2 見えないシルシ ~忍 ‐4‐ 


「先生」

 不機嫌そうに眉間にしわを寄せている先生の、眼鏡の向こうの瞳を見る。

 いつもいつも怒っていたり不機嫌だったり、とても怖い顔をしていたりするのに。

 不思議だ。諦めそうになる忍を支えて励ましてくれ、世の中には温かな物があるのだって教えてくれるのはいつだって十津見先生だ。

 だから。

「ありがとうございます」

 忍は深く頭を下げた。


 先生はびっくりした表情になる。

「何がだ」

 それを説明するのは、忍には少し難しかったので。

 自分の胸にある、一番はっきりとしたことを口にした。

「先生。私、先生に出会えて良かったです」


 初めて会った時から、ずっと思っていたこと。

 先生に近付くたびに大きくなっていった思い。

 今だったら、はっきりと伝えることが出来る。

「私、先生のことが大好きです。お姉ちゃんより、パパよりママより、誰より一番」


 先生はぽかんと口を開けた。

 それから。

「き、君」

 そう言って。

「どうして君は、いつもいつも」

 と付け加えてから。

「そういうことを軽々しく言ってはいけない。自分でも意味の分かっていないようなことを口にするのは軽率というものだ」

 と厳しい口調で言った。


 忍は、生意気だったかなと思う。

 大好きなんて、先生に言ったら失礼だったのかもしれない。

 でも、自分の気持ちを他に何と表現したらいいのか分からなくて。

「申し訳ありません」

 頭を下げた。


 先生は腕時計をチラリと見た。

「当たり前だ。そういうことを言うには、あー、君にはまだ二、三年早い。君はまだ子供なのだから身の程を知るように」

 そう言って立ち上がる。

 忍も枕元の時計を見た。もう、面会時間はほとんど終わりだった。


「あの。来てくれて、ありがとうございました」

「ああ。そう言えば」

 先生は思い出したように言った。

「嵯峨野先生や、君のクラスの仲間たちが君の具合を心配している。大丈夫そうだと伝えても良いな?」

 忍は急いでうなずいた。

 みんなが心配してくれている。それが本当なら、とても嬉しい。


 先生はもう一度忍の顔を見て、それからかがみこみ。

 忍の額に、唇を押し付けるようにキスをした。

「また来る」

 囁き声が耳元でして、そのまま先生はサッと病室を出て行ってしまった。


「あら、先生。お帰りですか」

 少し離れた廊下で、お姉ちゃんの声がする。

「ああ。君ももう帰りなさい、面会時間は終わりだ」

 答える先生の声が終わらないうちに、面会時間終了を告げるチャイムが鳴った。


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