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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
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4 良くない言葉 -5-

 自分の部屋に戻った。二段ベッドの上に登って、しばし考える。

 やっぱり、気になるのは忍のことだ。克己さんは、まあいい。二回会っただけの人だし、婚約したのだって勢いだし。

 でも、忍についてはまったく話が違う。妹だということはもちろん。あの子にこの学校に入るのを勧めたのは、他でもない、この私なのだ。

 もし忍が。この学校で、のっぴきならない羽目に陥ってしまったのなら、それは。百花園に入学を勧めた、私の責任だ。

 だから。もしもの時は、私が全力で妹を救い出す。


 結局、方針は変わらない。私は、小林夏希が殺された理由を探る。それが、この学院にひそむ「フェアリー」とやらと関係あるのかを探る。忍や、克己さんが関係しているのかも探り出す。そして、自分に出来ることがあるのかを考える。

 出来ることなんか、限られている。私は、私に出来ることをする。ただ、それだけなのだ。


 私は、携帯電話を取り出した。

 携帯は、午後九時になったら電源を切った上で寮母さんに預けなくてはならない。それに、ルームメイトがいると込み入った話はしにくいし。たとえそれが、小百合のようなお間抜けな相手であっても。

 だから、電話をするなら今のうちだ。

 

 電話帳を開き、目当ての番号を探す。

 メールは何度かしたが、返信はなかった。携帯にも二度ほどかけてみたが、出てもらえなかった。なので今回は、「北堀運命鑑定所」の固定電話を選択し、発信する。

 コール音が響く。十回。誰も出ない。それでも待った。二十回。外出しているのだろうか。やはり、携帯にかけ直した方がいいか。


 そう思った時。ガチャリ、と音がして相手の声が聞こえた。

「はい。北堀運命鑑定所……」

 面倒くさそうな声が、電波を通じて耳元で響く。

「克己さん。私です、千草です」

 思わず、急き込んだ調子になってしまった。


「はい? 千草誰さん?」

 そんな私に対して。この対応はあんまりだと思う。

「雪ノ下、千草ですっ! あなたの妻になる女です!」

 口調が思い切りつっけんどんになった。


「ああ」

 克己さんは笑った。

「僕の妻になる千草さん。どうしたんです、こんな時間に」

「まだ夕方ですが。お忙しかったでしょうか」

 私の声はまだ不機嫌なままだ。当たり前である。さっきの対応、存在を忘れられていたとしか思えない。


「いいえ、別に。何か用ですか」

「用があるからお電話しているのです」

 婚約者どうしの会話とは思えないな。甘さのカケラも無いぞ!


「今度の土曜日の午後か、日曜日。どちらか空いてらっしゃいませんでしょうか」

 私は言った。百花園では全寮制なのをいいことに、土曜の午前も授業がある。前時代的である。


「お聞きしたいことがあるんです」

「聞きたいこと? なんです。電話じゃダメなんですか」

 ダメじゃなかったら、とっくに聞いている。


「直接、お顔を見てお話したいんです。ダメですか」

 断られるかと思ったが。

「いいですよ」

 案外、あっさり承諾された。


「婚約指輪も買わなければいけないし。ついでに済ませてしまいましょう。そうすると日曜日の方がいいのかな。出て来られますか」

「はい」

 婚約指輪を買う、という一大事を「ついでに済ませる」というのもどうかと思うが。この人に、多くは期待するまい。

「では、日曜に」

 私はうなずいて、時間と場所の打ち合わせをした。

 挨拶をして、電話を切る。ため息をついてから、交際届を書かなきゃ、と思った。


 説明しよう。古風なお嬢様学校の百花園では、男女交際に親のサインと印鑑をもらった「交際届」の提出が必要なのである! もちろん、母にそんなものを書いてもらうことは望めないので。偽造するのだが。

 

 生徒会室で用紙をもらわないと。やれやれ、面倒な。

 そう思いつつベッドから身を乗りだしたら。部屋の入口に、突っ立っていた小百合と目があった。


「戻ってたんだ。何やってるの、そんなところで」

 訊ねると。

「ああ、うん。いや」

 答える歯切れが悪い。それで、ピンときた。

「もしかして。聞いてた?」

 声がとがる。いくらルームメイトでも、立ち聞きは反則ではなかろうか。


「悪い。つい、面白くて」

 直球だな!

 小百合が来たのにも気付かずに話し込んでいた私も悪いんだけど。


「どこから聞いてた?」

 むすっとして尋ねる。小百合はニヤニヤ笑った。

「お顔を見てお話したいの、ってところから。いやー、鬼の千草の口からあんな言葉が漏れるのを聞こうとは」


「失礼ね!」

 私は憤慨した。小百合に言われる筋合いはない。

「誰が鬼よ」

「お前」

 あっさり言い切られた。


 その上、小百合は首を振り。

「だけどさあ。お前、アレはないよ。まるで、下級生に呼び出しかけてるみたいだったもん。あんなツンツンした言い方じゃなくってさあ、もっとこう。切なさと愛しさを前面に出して、色っぽく」


「うるっさい。アンタにだけは言われたくない。出来るもんなら、自分でそれやってみなさいよ」

「だってアタシ、口説きたい男いないもーん」

 とか。するりと逃げられる。

 むむう。本当に、この件については屈辱続きである。


「私だって、別に口説きたいわけじゃないし」

 ただ婚約しただけである。

「婚約したってことは、口説いたってことだろ」

「そうとは限らないじゃない」

「お前の場合はそうかもしれないけど、一般的に言ってそうなんだよ」

 だから。何で小百合に上から物を言われなくてはならないのか。


「もう!」

 私はごろりと横になる。

「動きたくなくなった。小百合、交際届の用紙一枚もらって来てよ。元風紀委員だから簡単でしょ」

「あん? いいけどさ、別に」

 小百合の声が聞こえる。一応、立ち聞きを悪かったとは思っているらしい。

「動かないと、太るぞ」


「ほっといて」

 私はむっつりと言って、壁の方に体を向けて丸くなる。


 今日はふて寝だ、ふて寝!


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