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花園で笑う  作者: 宮澤花
エピローグ
198/211

2 見えないシルシ ~忍 ‐1‐


 ゆっくりと目を覚ますと、知らない場所だった。

 白い壁、白い天井、白いベッドカバー。ベッドの位置は高そうだ。枕元には機械があるらしく、定期的に電子音が聞こえてくる。


「目が覚めました? ここがどこだか分かりますか?」

 見えない位置にいる人から声をかけられた。

「病院、ですか?」

 と尋ねる。何だかぼーっとしている。


「お名前と年齢は?」

「雪ノ下忍、十三歳です」

「どうしてここにいるか分かりますか?」

 忍はちょっと考えた。


 すぐに答えは出た。

「学校で朝倉先生に刺されて、それで血がいっぱい出ました」

 相手の人は納得したようにうなずいて、

「そう。それで、救急車で搬送されてきましたからね。ここは市立病院のICUですよ。しばらく様子を見るから、楽にしていてね」

 忍はうなずいた。


 すぐだったのか。それとも、しばらく時間が経ってからだったのか。

 ママとお姉ちゃんがやって来て、忍の横に立った。

「忍ちゃん」

 ママの目が潤む。ママの両手がギュッとシーツの上の忍の手を握り、それから忍の髪や頬を優しくなでた。

「良かった。良かったわ。もうママ、どうなることかと」


「ごめんなさい」

 忍は言った。もっと怒られるかと思ったけれど、ママは意外にも涙をあっさり拭いて。

「とにかく無事だったからそれでいいわ。明日にはパパも来られるからね。安心して、早く元気になりなさい」

 と微笑んだ。


 その後、お姉ちゃんが忍の横に立つ。

「忍……」

 お姉ちゃんはとてもとても辛そうな顔で、忍の手を握って。

「バカ」

 と言ったきり、大声で泣き出してしまった。

 そんなお姉ちゃんを見るのは初めての気がして、忍はとても驚いた。とても申し訳ない気持ちになって、お姉ちゃんの手をなでて。

「ごめんね、お姉ちゃん」

 と言った。


 看護士さんに連れられて、お姉ちゃんたちはすぐに出て行ったけれど。

 その背中を忍はじっと見ていた。良かった。お姉ちゃんは無事だ。

 泣かせてしまったけれど。心配させてしまったけれど。それでも、もしあの時に戻ることになったら忍は何度でも同じことをしてしまうだろう。

 大好きなお姉ちゃんをこの手で守りたかった。ただ、それだけだったのだ。

 

 そして、何とかそれをやりとげた。

 お姉ちゃんは今も、元気で生きている。

 それがとても嬉しくて、忍はまたゆっくりと眠りに落ちていった。



 夕方にはHCUというところに移った。気を失っている間に輸血をいっぱいしたらしい。そして回復を待つまでは一般病棟ではなくこちらにいるのだ、と看護師さんに説明された。

 ここも面会できるのは家族だけだ。夜にパパがやって来た。

 両親がそろったので今度こそ叱られると思ったが、意外にもパパも忍のことを叱らなかった。


「どうして?」

 と聞いたら、ママににらまれた。

「昨日は、お医者さんに万一ということも考えて下さいなんて言われたんだから。私たちの方が死ぬかと思ったわ。千草ちゃんは泣きっぱなしだし。言いたいことはいっぱいあるけど、怒る気持ちなんか飛んで行っちゃったわよ」

 そこでママはもう一度深いため息をつき、

「助かって良かった」

 優しく抱きしめてくれた。


 それは、ママやパパやお姉ちゃんに甘えるばかりだった小さな日のことを思い出させ。

 こんなに自分のことを心配してくれるママのことを怖がっていたなんて、莫迦だったなあと思った。

 自分は自分のままで良いのだと。何も出来ない自分でも、生きていて、ここにいることに価値があると家族が思ってくれているのだと。

 初めて、心から信じられた気がした。



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