表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花園で笑う  作者: 宮澤花
エピローグ
197/211

1 事件その後 ~千草


 翌日には忍は意識を回復したが、四日間ほどHCUに留め置かれた。

 父がラオスから駆けつけてきたのは二日目だった。HCUは家族だけ、短時間しか面会が出来ないところだが、青い顔をした忍は話しかけると笑顔を見せてしっかりと受け答えした。

「バカ」

 事件の後、初めて会った時に私はそんなことしか言えなくて。

 妹の手を握ってただ泣いてしまった。忍はそれを握り返して、

「ごめんね、お姉ちゃん」

 と優しく言った。

 ちなみに、面会できないの知ってるくせに毎日夕方になるとHCUの廊下をウロウロしている教師が約一名いたが、とりあえず無視した。


 朝倉真綾は逮捕された。

 大森穂乃花が意識を回復して証言したのが、決定打になったようだ。

 彼女は解離性同一性障害の一種ではないかということで鑑定が行われるらしい。交代人格が人形に依存するというのは珍しい症状のようだが、ドラッグの濫用が原因かもしれないそうだ。

 どちらにしても『コドリー』としてしか話が出来ない状態は続いているようで、責任能力の有無が争点になりそうだと報道されている。本人はおとなしく裁判を待っているそうだ。



 学校は二週間、休校になった。

 職員が生徒を殺傷した犯人だったことで理事長が引責辞任。理事の半数も一緒に辞任した。校長も退任し、教頭が年度末まで代理を務めることになった。


 かなりの人数が転校を希望した。さすがに卒業を控えた六年生のクラスでは少なかったけれど、ゼロではなく。私たちと同じく系列の女子大に進む予定だったのに、急に受験に挑戦することになって大慌てする子もいた。

 入寮も義務ではなくなり、何分の一かは退寮して自宅通学に切り替えた。


 女の子であふれていた百花園の敷地内は、ずいぶんと寂しくなってしまった。

 私は桜花寮に戻って相変わらず小百合や撫子とわいわいやっている。


 忍は半月ほど入院した後、自宅静養を経てから学校に戻ってくる予定だ。

 例によって母が転校について騒ぎ立てたようだが、忍は生まれ変わったようにきっぱりとしたゆるぎない調子でそれを拒絶した。

 ついでに、担任の嵯峨野先生をさしおいて毎日見舞いにやって来ては講義をして帰る某教師にも、母は言い負かされたらしいが。愚痴を聞くと面倒なことになりそうなので、私は逃げた。なので詳しい経緯は知らない。


 ちなみに忍が洗濯機に入れていた克己さんや十津見のワイシャツだの下着だのは、私がアイロンをかけてそれぞれに返しましたよ。何で十津見のまでという気は激しくしたが、そこは忍の代わりだと思って何とかやり遂げた。


 そう言えば、服つながりだが。

 血まみれになった私たち姉妹の制服は、もう使用不可だった。これは学校側が賠償してくれることになったが、私はもう卒業まで半年を切っているので辞退してその分を現金でいただいた。忍の治療費も学校側が支払ってくれているらしい。



 朝倉真綾が女生徒たちを援助交際に駆り立てるためのサイトを運営していたことは表沙汰にはならなかった。と言うより、克己さんたちがそうさせなかった。

 あの日、血まみれの保健室に警察が来る前に、克己さんは『コドリー』からサイトのパスワードを聞き出し更に、援助交際については口にしないようにと釘を刺した。サイトは事情聴取が終わった後で十津見が速やかに閉鎖したらしい。


 それで良かったのか、私には分からない。

 ただ、ひとつだけ言えるのは。 

 五十人以上もいたらしい薬を使っていた生徒。その名前は公開されていないし、おそらくは大半が転校してしまったと思われるけれど。学校も彼女たちもその家族も、援助交際のことが公になるのを望まなかったのだと思う。

 

 今の世の中でも、女性の純潔というものはそれなりに価値があると思われていて。

 それを徒らに失った生徒がたくさんいることをマスコミに面白おかしく取り上げられたくはない。

 だから理事長と克己さんたちは、出来るだけその話を伏せるようにすると以前から決めていたらしい。

 彼らは事実を隠蔽し、それに異議を申し立てる者はいなかった。

 そうして、事件の一部は永遠に闇に葬られた。


 薫については司法解剖で、おなかに赤ちゃんがいたことは分かっていたから。

 薬の代金をまかなうため自ら援助交際に手を染めていたのだろう、ということになった。

 確かにそうでもあるのだけれど。それは真実の半分でしかない。


 撫子は学校側の対応を聞くとすぐに、

「それが一番いいでしょうね」

 と言って以降口をつぐんだ。この女は放送局だが、情報を止めるべき時は止めておける人間なのだ。


 小百合と私の気持ちは少し複雑だった。

 けれど真実を言い立てることは多分、たくさんの人を傷付けるだけで誰の救いにもならないだろうから。苦く重いその事実を永遠に自分の中に沈めておくことに、結局は同意した。



 正直、学校が潰れるのではないかと危惧したが、この百花園の危機にOGのお姉さま方が大集結した。

 開校百年を超える百花園の卒業生には各方面の要人の夫人だの母親だの、更には本人自身が要人だの、社会活動で名を馳せているだのと……ご立派な方々が多い。

 彼女たちが寄付を集め、今回の『不幸な事件』に負けないでほしいと学校関係者や在校生に応援メッセージを送り。

 更にそれがTVや雑誌のニュースとなって流れた頃には、世間の百花園バッシングも少しは落ち着き始めていた。


 もう一つ。事件が解決したので、潜入捜査のために教師を務めていた某先生について。

 これを機会に退職されるのではとかなり期待した私だったが。

 学院に逆風が吹いている現在、代わりの教員を見付けるのも難しいとのことで慰留されたとのことである。たいへん残念。


 克己さん曰く、アフターサービスのようなものだそうだ。

「それにまあ。彼に払う給料がいつもあるわけではないので、あちらがそれを払ってくれるのは助かると言えば助かるんです」

 とも言っていたが。結婚後の生活が大変不安になるようなことを言うのはやめてもらいたい。


 大森穂乃花は、学校に戻ることはなく転校していくようだ。

 こうして、あの悪夢のような二週間の後の日々はあっという間に過ぎていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ