13 終わりの言葉 ~千草 -2-
私は自分が朝倉真綾を疑うに至った経緯を説明し、どうしても自分でそれを確かめたかったのだと話した。
ひとりで来たのは、告発するには証拠がなかったせいもある。
唯一の証拠であるあのバッグは私が自分の手で彼女に渡してしまっていたから、別の証拠が必要だったのだ。
だから。
深森博士(私は、彼女と深森博士を別の人格のように語ることには今一つ納得がいかないのだけれど)が推測したように、私は彼女との会話の一部始終を携帯で録音していた。
このために電車に乗っている間は電源を切っていたのだ。何とか、忍が倒れるまでの音声は録音されていた。
スマホは警察に提出したが、結局のところ音声のみの記録である。
そして朝倉真綾はいくつもの声色を使い分けている。どの程度の証拠能力を有するのか、正直私には分からない。
でも私の供述を横で聞いていた彼女、自称コドリーはいちいちうなずいて。
「その通りです」
「彼女の言うとおりです」
「全部僕たちがやったことです」
と言ってはさめざめと泣いていた。
刑事さんたちも、羊のパペットを手にはめてしゃべる女をおかしな目で見ていたが。
本人がハッキリと『忍を刺した』と自供したので、とりあえずは警察署に連れて行くことになった。
その際、刑事さんのひとりが彼女の手からヒツジのパペットを取り上げた。
途端に朝倉真綾はくたくたとその場に崩れ落ちてしまい、呼ばれても怒鳴られても何の反応もしなくなってしまった。
刑事さんたちが両側から引っ張り上げようとしても、立ち上がろうともしない。
視線は虚ろで、どこを見ているのかも分からない茫洋とした表情になった。
克己さんが進み出てヒツジのパペットを手に取り、
「どうやら、これを着けさせておいた方がいいようですよ」
と言って、彼女の左手にはめた。
すると朝倉真綾の表情がまた理性を取り戻し、
「すみません。自分で立てます」
と言った。
「僕を真綾から離さないで下さい。こうしていれば彼女の心は取り戻せなくても、体をコントロールすることは出来ますから」
それは私たちの知っていた養護教諭の声ではなく、気弱で自信なさげな『コドリー』の声だったけれど。
私も克己さんに付き添われて警察署に行った。
その後はまた、長い長い事情聴取。二日続けてこんなことになるとは思わなかった。
私と朝倉真綾はもちろん、克己さんや他の先生方も再びいろいろなことを聞かれたらしい。
そして十津見も事情聴取の対象だったが、こちらは病院に警官が出向いての聴取になったそうだ。
十津見は二日間で三回事情聴取を受けたわけで、正直、朝倉真綾よりアヤシイと思われてるんじゃないかという気がする。まあ、別に心配はしないけど。
忍については、失血が多かったので輸血をすることになった。
電話で事情を聞いた母は、私の方に来るべきか忍の方に行くべきかとパニックになって悩んでいたが。
忍の方に行ってもらうよう、克己さんが話してくれた。
克己さんがいてくれて、本当に助かった。
彼は起きたことを簡潔に、感情を交えず母に説明してくれて。
私の方は自分が責任を持つから、とにかく今は容体が悪い忍の方を優先するようにと母に言ってくれた。
そういうわけで母は病院に向かったが、それはそれで母と十津見のバトルが発生したのではないかという気もしないでもないが、もう知らん。勝手にやってくれ。
聴取が終わって解放された時には、もう夜の十時過ぎだった。
朝倉真綾は逮捕されることになるらしい。本人は罪を認めている。忍を刺したナイフと、薫たち今までの被害者の傷口も一致したようだし。保健室や自宅のマンションからもドラッグが見つかり、島田武弘も彼女にドラッグを卸していたことを自供したという。
私の証言や録音したデータ、例のバッグも証拠のひとつになるようだ。
警察を出る時に、刑事さんたちが『責任能力が……』と話していた。
彼女の精神状態に関することだと思う。確かに尋常な状態には思えない。
でも、そのせいで彼女が罪を問われなくなってしまったら、その罪はいったい誰が背負うというのだろう。
「心配しなくてもいいですよ。彼女はちゃんと責任を負える。鑑定でも、おそらくそういう結果が出るでしょう」
私の心を読んだように、肩を抱く人がそう言った。
「コドリーはきちんとものの善悪を把握できる人格です。事件の経緯も細かく記憶しているようだ。そして自罰的で、刑に服す気もある。問題ないでしょう」
「でも。あれは朝倉先生じゃないでしょう?」
私は尋ねた。
「そうですね」
克己さんもため息をついた。
「あれはコドリーでしかない。あれは多分……ああやって、朝倉真綾を守っているのでしょう。それでもね、あれは朝倉真綾でもあるんです。だから僕たちは、それで満足するしかないでしょう」
忍の様子を見に行きたかったが、もう遅いので病院側としては見舞いを遠慮してもらいたいとのことだった。まだ意識は回復していないが容体は安定しているそうで、母も家に向かっているそうだ。
「どうして、こんなことに」
私はつぶやいた。
「私が殺されるはずだったのに」
「それが分かっていたから、忍ちゃんは身代わりになろうとしたんでしょう」
克己さんは言った。
「彼女は見るだけで役に立たない僕とは違って、『原因』を見付けてそれに立ち向かう力があるようですね。彼女の捨て身の行動がなければ、多分運命は変わらなかった。あの女は君を殺し、他の少女たちも手にかけたでしょう」
彼はゆっくり目を閉じる。
「僕は彼女を尊敬します」
「そんなこと」
私は唇をかんだ。
「忍が無事でいてくれる方が大事です」
「そうですね」
克己さんはそう言って夜空を見上げた。
「家まで送ります」
私はうなずき、そのまま彼に寄り添って赤い車に向かう。
そう言えば家の洗濯機の中にこの人の服が入ったままだな、と思った。
二週間の間、百花園を覆っていた影が払われた日。
その長い長い一日は、そんな風に幕を閉じたのだった。