12 断罪の刻 ~忍 -3-
「マジョスターまで殺すなんて。何でよ。何でただの人間にそんなことが出来るのよ」
「あなたたちは自分で思っているほど強い存在じゃないのよ」
忍は静かに言った。
「もういいかな? さよなら」
手を伸ばす。人形は悲鳴を上げた。
「何でよ。何でいつもこうなのよ。何でいつも私ばっかり。何で、何で、何で何で何で何で何で!」
声はそこで途絶えた。忍は壊れた人形を床に落とした。
「もう止めなさい」
そこで、深く落ち着いた声がした。
今度は朝倉先生の手に、少し両目の離れたカエルっぽい顔の老人の人形がはめられていた。
「可哀相に。フレイアは文句を言うだけしか出来ない無力な女だったのだよ。ワイルド・ジョージとマジョスターを片付けてくれたことには、まあ礼を言おう。殺すことしか考えられない野蛮な男と、それを利用しようと考える腹黒い魔女には私も手を焼いていたのでね。ああ、私は人殺しなどするつもりはない。その証拠も見せよう。真綾、ナイフを捨てなさい」
その声に、朝倉先生の反対の手からぽろりとナイフが落ちる。
「私は穏健な考えの持ち主だ。真綾を良い方向に導こうと努めてきた。だが、いつもあの狂犬どもに阻まれてしまったのだよ。これで話が出来るだろう。事件のことが聞きたいか? 何でも話そう。好きに質問をしなさい」
だが忍は首を横に振った。
「あなたが誰より、一番黒い」
この部屋に凝る黒いモノを見据えて、そう言い切る。
「あなたが元凶。あなたを残しておいたらこの事件は終わらない」
目の前もかすみ始めた。忍は黙って前に出る。
「ま、待て」
相手の声が恐怖を帯びた。
「待て。私を滅すれば、事件の真相は分からなくなってしまうぞ」
「そんなこと知らない」
忍は言った。
「私はただ、悪いことをするモノを祓いに来たの」
「何だと」
人形は驚愕した声を上げる。
「真綾の中にはもう人格は残っていない。あれは私の命令したとおりに、決まった行動を取るだけの人形だ。私がいなくなれば、もう話すことも出来なくなる。事件の謎は永遠に解明されなくなるのだぞ」
忍は答えなかった。 また一歩、前に出る。
「待て。私と組もうではないか、娘。お前は真綾より私たちの性質をよく理解している。お前なら私を支配下における。私を使って自在にお前の力を行使することが出来るぞ。お前なら私を……」
それ以上、話させるつもりはなかった。
忍は人形を先生の手から引ったくり、床に向かって叩きつけた。
飛び散る破片を、上履きの底で丁寧に粉々にした。こごっていた黒いモノが綺麗に晴れていく。
ぼんやりした視界の中で、朝倉先生の体が放り出された人形のように倒れていく。
黒いモノが消え去ってしまったこの部屋は、先生そのものと同じようにとても空っぽに見えた。
これで終わった。
忍はホッとする。
これでもう、誰も殺されることはない。全ての霧は晴らされた。
どこかで泣き声が聞こえた気がしたが。
そちらを向く力もないまま、忍はその場に崩れ落ちた。