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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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12 断罪の刻 ~忍 -1-


 お姉ちゃんを押しのけた。

 同時に右肩から頭の奥まで衝撃が突き抜ける。


 何が起きたかすぐには分からなかったけれど、目を開けたら自分の右肩にナイフが突き刺さっていた。

 朝倉先生がそれを抜くとゆっくり血がにじみ出し、同時に激しい痛みが襲ってきた。


「忍」

 お姉ちゃんが真っ白な顔でこっちを見ている。

 良かった。間に合った。すごく痛いけど、間に合って良かった。

 駐車場からは校舎を大きく回らなくては昇降口に着けなくて、間に合わないんじゃないかと思った。


 忍を追いかけてきた北堀さんは、途中で先生たちに見つかって足止めされてしまった。

 だから自分が間に合わなかったらどうなってしまうのかと、忍はずっと気が気ではなかったのだ。


「お姉ちゃん。下がっていて」

 忍は言う。

「だって。アンタ、血が。手当てしないと」

「今は、先にやらなくちゃいけないことがある」

 忍はきっぱりとそう言って、目の前の相手を見据えた。

 この痛みが全てを思い出させた。そう、ずっと、忍には忘れていたことがあった。


 前期の中ごろ、自分は一度保健室に来たのだ。

 朝倉先生の気配の虚ろさは少し気になったけれど、優しくてキレイな相手を疑う気はしなかった。淹れてもらったハーブティーを飲み、アロマポットにお香を入れる手を綺麗だなあと思いながら見ていた。

 しばらくして、それが来た。


 五感が狂って、いつも自分の中を回っているものがぐちゃぐちゃになり。

 現実とそうでないものの境界が揺らいだ。

 

 そこからの記憶はおぼろげだ。

 何が本当に起きたことで、何が想像しただけのことなのか。より分けることはきっと永遠に出来ないだろう。そんなメチャクチャな状態のままで何とか保健室を逃げ出した、そうだと思う。

 その後、忍は寮で三日寝込んだ。


 お祖母ちゃんの夢をたくさん見て、教えられたことを思い出しながら横になっていた。そんな気がする。

 全快した時には、そうなった原因を思い出してみようともしなかった。

 けれどそれ以来、自分でも理由が分からないまま保健室を避けるようになった。


 きっとそれは、思い出してしまったらこの人に立ち向かわなくてはならなかったから。

 痛みを少しでも忘れようと、忍はギュっと唇をかみしめる。

 戦いたくなかったから、怖かったから、逃げていた。そんな弱さが犠牲者を増やし、お姉ちゃんまで危険にさらした。


 弱かった。お祖母ちゃんに言われたことをちっとも分かっていなかった。

 でも、そんな自分をもう終わりにしたいから。力と一緒に受け継いだ責任を、今度こそはきちんと果たす。


 部屋の中は黒い気配に満ちていた。

 前に来た時、どうして気が付かなかったのか不思議だった。あの頃は力を閉ざそうとしていたけれど。それでもこれほどの気配なら、違和感を感じないわけがないのに。


 忍は結び目を見付けようと気配に目を凝らす。

 すぐに気付いた。目の前にナイフを持って立つ、朝倉先生は黒くない。この人は空っぽだ。

 前と同じに、中身をくり抜かれてしまったみたい。外側だけは人間の形をしているけれど、中には何にも残っていない。

 

 黒い気配の源は、先生が手にはめている人形だった。

「ぎゃはははは! 死ね死ね死ねぇ!」

 人形が嘲った。

 声は朝倉先生の口から出ているけれど、あれはもう先生の声ではない。この人には中身がないのだから。声に出して伝えたいどんな感情も彼女の中には残っていない。誰の口から出ているにしろ、これはあの人形の声なのだ。

「キレイだなあ! 真っ赤に染まってキレイだよ、お前。もっと血を流せよ。赤くキレイに着飾って死んじまえ、いひひひひ!」


「あなたが殺したのね」

 忍は言った。

「小林さんも。昨日のお姉さまも。そして、穂乃花お姉さまも傷付けた」

「そうだよ、俺が真綾にやれって言ったんだ。俺たちの邪魔をするヤツは、みんなみんなぶっ殺しちまうよお、ひひひひぃ」

 人形の絵の具で描かれた青い目が、正気を失っているように忍には見える。

「分かった」

 忍はそう呟いた。


 アレを祓えば問題は解決する。だからものも言わずにその人形に向けて手を伸ばした。

「おっと。俺をどうにかしようってのか?! 真綾、さっさとやっちまえ!」

 朝倉先生が再びナイフを振り上げた。



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