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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
19/211

4 良くない言葉 -4-

 しばらく、どうしたらいいのか分からなくなった。

 忍。克己さん。誰も彼もが、事件に関係があるかのような錯覚にとらわれて。頭がクラクラする。

 しかし、立ち止まってはいられない。缶コーヒーの残りを飲み干すと、私は立ち上がった。


 行き先は、保健室。校舎の端っこにあるこの部屋の主は、まあちゃん先生の愛称で親しまれる若い女性の居城である。

 まあちゃん先生こと朝倉真綾は、二十代半ばと言うところだろう。見た目はそれ以上に若い。生徒たちにとっては、良きお姉さんという感じの人だ。

「失礼します」

 ノックして、入室した。はあい、と明るい声を上げてまあちゃん先生が振り返る。


 部屋は、白くて清潔だけれど、そこら中に先生の趣味の可愛いぬいぐるみが置いてある。学校の保健室というよりは、かわいい物好きの女の子の部屋という感じだ。まあちゃん先生が着任する前は、よぼよぼのお婆ちゃん先生で。その頃と比べると、同じ部屋とは思えない。 

 先生自慢のハーブコレクションも、瓶に入って壁際にきちんと積んである。さすがの十津見も、職員のコレクションにまで手を付けることは出来なかったらしい。ちなみに、百花園生の間でハーブティーやアロマが流行しているのは、この人の影響がかなり大きい。


 先生は、茶色い長い髪をアップにして頭の後ろで束ねていた。髪を留めているピンは、カラフルでかわいらしい。小柄なせいもあり、赤い縁の丸いメガネと相まって、白衣を着ていなければ十分生徒で通る。

「あら、雪ノ下千草さん。百花園の三魔女の一人が、ここへ何の用かな? 魔法のキャンディーでも欲しいのかな? あげないよー」

 なんて、笑う。

 私は顔をしかめる。

「そのあだ名はやめてください」


 先生は目をくるくるさせた。

「あれ、公式じゃないの? みんな言ってるから、そうだと思ってた」

「公式じゃありません!」

 思わず言い返してしまう。みんなって誰だ。言ったヤツ出て来い。


「ふうん」

 先生は首をかしげて。

「でも、どっちにしても怪我や病気じゃなさそうだし。だとするとー、後は、相談事かな?」

 これだから。この人は油断がならない。ぽよよんとしているのは見かけだけで、養護教諭としては案外的確だったりする。


「ええ、まあ。相談事と言えば、そうなんですけど」

 そう言ってから、私は。よろしいですか、と尋ねた。先生はどうぞ、と言う。

 それで私は、先生の前の椅子に腰を下ろした。


「あの、実は。妹のことなんですが」

 私は、単刀直入に言った。

「はい。一年竹組の、雪ノ下忍さんね」

 まあちゃん先生はニコニコと言う。

「たびたび、こちらのお世話になっているのではないかと」

 先生は首をかしげた。

「うーん。それほどでもないなあ? 前期に一回、それだけだと思うよ。どうかした?」

「いえ」

 何と言ったらいいんだろう。

「あのう。時々、具合が悪そうにしてるみたいで。病院に連れて行った方がいいんでしょうか」


 もし。妹の不調の原因が、私が勘ぐっているようなことなら。それは致命的な事実を暴露してしまうことになるのだけれど。


「何とも言えないなあ」

 先生は言った。

「私は、さっきも言ったとおり一度しか会っていないから。どちらにしても、不調が続いているなら病院をお勧めするよ。早い方がいいと思う」

 私はうなずいた。


 ここで分かったことは一つだけ。忍は、体調が悪い時でもこの部屋を訪れていない。

 それは、訪れられないわけがあるのではないかと。私は更に、重い気分になった。


 まあちゃん先生に挨拶して、部屋を出ようとした時。知らない下級生と、鉢合わせそうになった。

「あ」

 その子の何が気になったんだろう。

 異様に青白い顔。怯えたような表情。

 私の顔を見て、そのまま保健室から背中を向けて逃げ去ってしまいそうなほど。その子は驚いた様子だった。


「保健室に用かしら?」

 私は。相手をなだめるように声をかける。

「先生はいらっしゃいますよ」


「あ、は、はい」

 下級生は小さな声で言う。

「その声は大森さん?」

 まあちゃん先生が立ち上がって、近付いてきた。

「今日はどうしたのかな? お茶でも飲む?」

 下級生はうなずいて。なおも、私に警戒するような目を向けたまま、保健室に入っていった。



 私はすぐに寮に戻って、撫子をつかまえる。

「色白、メガネ、貧乳、茶髪ボブ。あのリボンは三年生。保健室の常連」

 早口に伝える。我が校の制服の、胸元のリボンは学年色になっている。私たちの学年はえんじ色で、制服のデザインにもあっていると思うが、あの子の胸元にあったのはピンク。人によっては可愛いというけれど、私は明るすぎてどうだろうかと思う、三年生の学年色だ。


 撫子はお上品に首をかしげた。

「それはどういう筋から?」

 別に。単に挙動不審だったと思っただけだ。

「カンよ。女のカン」

「あらまあ」

 撫子は厭味ったらしい笑いを浮かべた。

「承知しましてよ。千草さんの女子力はともかく、動物的直感力は信頼しますわ」

 どういう意味かなー、ソレは。


 ツッコむ前に、撫子は姿を消してしまった。これから楽しく情報収集に務めるのだろう。座っていても情報が集まってくるから楽だが、集まるまでの過程を考えるとちょっと寒気がする。

 まあいいや。こんな時くらい役に立ってもらわないと、あんな女と友達づきあいしている意味がないというものだ。


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