11 魔女の告発 ~千草 -8-
「バッグの話を誰にも言わないでいれば、いずれ私が不審に思ってここにやって来る。そう思ったんでしょう? バッグに触った私は嫌疑をかけられることを恐れて誰にも相談することが出来ない。誰にも言わずにひとりでやって来る。そこを貴女は捕らえるつもりだった。ドラッグを持っている現行犯を捕まえた。そう言えばみんなは私より先生を信じる。そういう自信があったんですね?」
朝倉真綾は答えない。
私も言葉を止めない。
「あなたが相手にして来たのは、いつもそんな人間だった。一人ぼっちで、誰かを信じる勇気も信じてもらう勇気もない人間だった。それはあなた自身がそういう人間だから。そうじゃないんですか、先生。でもね、私たちは違うんです。私たち姉妹にはちゃんと信じてくれる人たちがいるんです」
私は軽く目を閉じる。
私のわけがないってメールをくれた撫子と小百合。
信じてるからって言ってくれた山崎先生。
忍はそんな子じゃないって分かってる、クラスのみんなも怒ってる。そう言ってくれた嵯峨野先生。
警察にまで食ってかかった十津見。
そして。
彼の姿をしっかりと脳裏に浮かべて、私は目を開ける。
相手の姿を見据える。
「私たち姉妹には、こんな時でも信じてくれる人がたくさんいます」
私は言った。
「そしてあなたを二年半前から追っていた人が、私たちにどんな疑いがかかってもきっと全力で救い出してくれる。貴女にはそんな人がいますか? 朝倉先生」
「二年半前?」
魔女が嗤った。
「何を世迷い言を。そんな時期には何も起きていない。そんな時点からわしらが追われる道理もない。その時には全てがうまくいっていて、面倒を起こす必要などなかったのだからな」
その言葉に私も笑った。
「信じられないでしょうね」
彼に出会わなければ、私だってきっとこんな話は一笑に付していた。
「でも、本当なんです。あなた自身すらまだ意識していなかった頃から、いつか起こる未来を少しでも変えようと必死であがいていた人がいたんです」
変えることは難しいと知っていながら。
変えようとする行為が事態を動かしてしまう、そんなリスクも知りながら。それでも変えたくて、懸命に道を模索した。
そんなあの人を私は信じられるし、愛おしく思う。
「そんな人だから、何があっても絶対に私たちを助けてくれるんです」
私は晴れやかにそう言い切る。
自分の莫迦さで失ってはいけないものを失った。
それでも、それだけははっきり言えるから。
「ばかばかしい」
魔女が嗤う。
だが、それももうどうでも良かった。私は目的を達したのだから。
「バカはお前だ、マジョスター」
背筋が冷えた。突然、違う声がした。
ここには私たち二人のほか誰もいないはずなのに。
いや。
違う。声は同じだ。
朝倉真綾が声色を使っているのだ。
この声は前にも聞いたことがある。
彼女はいつの間にか、カエルによく似た老人の人形を手にしていた。
「このお嬢さんは私たちを挑発し、証拠となる言葉を言わせようとずっと画策しておったのだぞ。そんなことにも気付かず、うかうかと口を滑らせおって。その程度の知恵で何が魔女だ。同じ夢から生まれた者として恥ずかしいことこの上ない」
これは、深森博士。
「またお会いしたな、お嬢さん。雪ノ下千草さんだったな? 君の勇気には感服する。おそらく今の会話を録音でもしているのだろう。そうではないかね?」
私は戦慄する。
これは何だ? 人形が変わるのと一緒に人格まで変わったように。
今の彼女は先程までの彼女とは違う。
「だが残念だったな。録音したものは消してしまうことも出来る。君から奪い取ってしまえばね」
博士が嗤う。
そして彼女はまた人形を取り換えた。今度は西部劇の保安官の人形に。
「殺せ。殺せ、殺せ。殺せころせコロセコロセぇ!」
異様な叫びがその喉から漏れた。今までのどの声とも違う。
まるで自分のその叫びに陶酔しているかのように、唇の両端を吊り上げながら彼女は叫ぶ。
「俺たちの邪魔をする者は、どいつもこいつも死んじまえばいいんだよぉ! みんなみんなみんなみんな、みんなだよ! だからさぁ」
私は気が付く。
人形を持っているのと反対側の彼女の手にいつの間にか、ナイフが。
「お前も、死ね」
ナイフが振り上げられ、鮮血が飛んだ。




