11 魔女の告発 ~千草 -3-
「だから何よ」
人形は、いや彼女は不愉快そうに言う。
「それがどうして私だってことになるのよ」
「少しお待ちください。話はそこに向かっていますので」
私は冷ややかに返す。
「別の視点から考えます。最初の事件、二度目の事件では被害者の所持品からドラッグが発見されました。これによって事件とドラッグの結びつきが明らかになりました」
彼女をじっとにらむ。
「これは犯人の失策でしょうね。ドラッグについては犯人は隠し通さなくてはならなかったんです。それは犯人にまっすぐにつながる手掛かりだったのですから。最初の事件でなぜ犯人が小林さんに渡したドラッグを回収しなかったのか、それは分かりません。初めての殺人で動揺したのだと、せめて好意的に解釈したいです」
彼女は動かない。
「二回目の事件で回収しなかったのは簡単です。第一発見者が犯人を見咎めるのが予想以上に早かったんです」
その第一発見者って克己さんだったわけだけど。
「おかげで犯人は大森さんにとどめを刺すことも出来なかった。ドラッグを回収するヒマなど当然ありませんでした」
私は続ける。
「殺人だけなら、先生がおっしゃったように一年生の仕業で片付けることも出来たでしょう。一年生だから制服で歩いていた。それで矛盾は解決します。でもドラッグの件はそれでは説明できないんです」
「どうして」
苛立たしげに人形が、彼女が口を挟む。
「薬物使用者が一年生だけでなく上級生にもいたからです」
私は言った。
「百花園は縦社会です。お姉さまは絶対で、妹たちはその下に立たなくてはなりません。百花園で上級生が一年生の配っているあやしい薬に手を出すなんてこと、ありえませんよ。逆ならいくらでも蔓延していくでしょう。でも下から上はありません。しかも一年生は入学してまだ半年です。そんな短い期間に、三年や四年のお姉さまに中毒になるほど薬を配り続ける。これはとても難しいことです。出来るとは思えません」
「殺したのが一年生かもって言っただけじゃない」
私の説明に、赤いドレスの人形がヒステリックにわめく。
「薬を配っていたのは別の人間かもしれないでしょう」
耳障りな声。
ああ。この女は、こんな声を出すんだ。
私は本当に何も知らなかったんだな。
「この三件の殺人は、薬を配っていた人間の仕業ですよ」
私は言った。
「小林夏希さんは、私の妹に薬物を使用していることを知られたと思い込み、かなり追いつめられた精神状態でした。放置しておけば感情の激するままに妹や周囲の友人たち、家族にそのことを話してしまったかもしれませんね。一刻も早い対処が必要でした。実家にあるという彼女の日記が、その証拠になるはずです。彼女の精神状態については、星野志穂さんやその友人たちが証言してくれるでしょう」
少し息をついて、また続ける。
「大森穂乃花さんは百花園生として許されざる不品行の現場を一般の方に目撃され、停学処分になりました。小林さんの事件からまだ一週間という時期も時期ですし、我が校には校則違反者の余罪をあぶり出すことに長けていらっしゃる十津見先生という方がいらっしゃいます。薬漬けになっている女の子たちのメンタルは決して強くありません。ここでもまた迅速な処置が行われました。ただ、とどめを指す前に人が通りかかってしまった。犯人は、大森さんに重傷を負わせただけで逃走せざるを得なかった。しかし犯人にとっては幸いなことに大森さんは意識不明に陥ったので、とりあえず犯人の身は安全になりました。ところが」
私はちょっと言葉を切る。苦さが口の中に湧き上がる。
「さらに予想外の事件が起きました。浦上薫さんが、私たちに薬を持っているのを見つかって取り上げられてしまったのです。もちろん、これは薬を配っている人間にとって緊急事態です。ここでも幸運は犯人の味方でした。取り上げられた薬はすぐには表に出ませんでした。そこで犯人はその時間を使って」
ああ。苦い。
どうしてこんなに口の中が苦いんだろう。
「浦上さんの口を塞いでしまったのです」
しばらく沈黙が落ちる。
私は苦いものを飲み下し、言葉を続ける。
「お分かりですか。この三つの事件は、薬物を生徒たちに配布している人間が秘密を洩らしそうになった相手を次々に殺害していった、そう考えた時に筋が通り、一本の線につながるんです」
言い聞かせるように、私の声は低くなる。
「この事件の犯人は、生徒たちに薬物を配布している人間なんですよ」
そして、その人間が生徒たちに援助交際を強いていた人間でもある。
でも理由があって、今は出来る限りそのことには触れたくなかった。
「話がそれましたね。制服の話でした。そういうわけで疑問になるんです。二つ目の事件で、犯人はどうして制服を着て大森さんを刺しに行ったのか? 考えてみるといろいろ不都合なんですよ。先程も申し上げましたように、あの制服はとても人目を引きます。大森さんを刺した際に返り血でもついてしまったら、それも困るでしょう。制服なんて、そんなに何着も持っているものでもありませんし。しかもあんな姿で歩き回ったら、犯人は百花園生だと大声で言っているようなものです。犯人というのは普通、自分の正体を隠しておきたいものではないでしょうか? 保身のために人を次々に傷付けている、そんな犯人なら特に」
相手はやはり何も言わない。
だから、私はひとりで話し続ける。
胸に溜まったものを全て吐き出してしまうように。
「それで私は思ったんです。この犯人は、百花園生ではないのではないか、と」