11 魔女の告発 ~千草 -1-
部屋の扉をノックする。
返事を聞いてからドアを開くと、その人はいつもと同じ落ち着いた表情でこちらを振り返った。
「ごきげんよう」
私は挨拶する。快活に、とは言えない。そうするには苦さがまじりすぎている。
「こんにちは、雪ノ下さん」
相手はいつもと変わらない笑顔だった。何事もなかったように私を眺めている。
人形のようだ、と思った。
今まで気が付かなかったけれど、この人はまるで人形のようだ。いつでも、どんな時でも、同じ笑顔をこちらに向ける。それはとても綺麗だけれど、人の体温が感じられない。
私はひとつ大きく息を吸い、相手をまっすぐににらみつけた。
「今日は、あなたを糾弾しにまいりました」
丸い目が見開かれる。まとめ上げた髪のひとふさが額に垂れさがっている。
いつも通り可愛い。それがうすら寒くて。
「朝倉真綾先生。話を聞いて下さいますか?」
そう言い捨てた。
彼女は椅子を回してこちらに向き直ると、形のいい脚を組んだ。
「どういうことかな、雪ノ下さん。糾弾とは穏やかじゃない言葉だね」
「そのままの意味です」
私は言った。
「浦上薫さんを殺したのは貴女です。そうでしょう、先生」
彼女の表情は動かない。
「殺人犯呼ばわりなんてひどいね。どうしてそんなことを言うのかな」
「そうですね。ひとつ確実なのは、貴女が金曜日に私が提出した薬物のことを誰にも報告していないことです」
私は言った。
「あんな事件が起こったのに、貴女は校長や理事長だけでなく警察にもその話をしていない。疑われるのは当然です」
「あら」
彼女は笑った。
「ちゃんと言ったわよ。あなたたち生徒にはまだ公にしていないけれど、校長には報告して」
「嘘ですね」
私は鋭く言った。
「それが本当なら、私は警察からもっと厳しい訊問を受けているはずです。妹よりも厳しい訊問をです。そうでなければおかしい。だって私は一時、ドラッグそのものを手元に持っていたんですから」
どうやって入手したのか、私には使用歴があるのか。
当然、そういうことを聞かれるはずなのだ。犯人へつながる手がかり、校内でのドラッグ蔓延を暴く手がかり。そこに私がつながっているとそう思われても無理はないし、私自身も覚悟の上だった。
だが警察で聞かれたのは死体発見前後のことだけ。私よりも、第一発見者の忍の方が厳しい訊問を受けた。
今日だって警察に呼ばれもしなければ、見張りもついていない。
だから警察はまだあのカバンのことを知らないのだ。
彼女は、やれやれと言うようにため息をついた。
「はい。その通り、本当は警察にはまだ言っていないのよ」
あっさりと言う。
「もう一度、あなたとちゃんと話してからと思って。これは校長や理事長とも打ち合わせたことで」
「ああ。貴女はご存知ないんですね」
私は嗤った。
「この学校の内部には、理事長直属でこの事件のことを調べていた人がいるんです。理事長の耳にあの話が入っていたら、当然その人に情報が下りてきたはずです。でもね、朝倉先生。その人は、まだあのことをかけらも耳にしてはいないんです」
十津見と克己さん。
もし、二人がそのことを耳にしていたなら。
十津見はもっと私を責め立てただろうし。
克己さんはきっと私を傍から離さなかっただろう。
十津見は私たちの家に泊まったことを学校に報告しているようだし。その状況で理事長が私に対する疑惑を伏せておく必要などないだろう。
むしろ、その機会を捉えて調査させた方がいい。学校は一刻も早くこの事態を解決したいはずだから。
「ですからね、先生はあのことを誰にも話してらっしゃらないんですよ。どうしてですか? 貴女が事件の解決を望んでいるなら、あれは絶対に提出すべきものでした。言い訳があるなら聞かせて下さい。どうして、あのことを誰にも話さないんです?」
「困ったわねえ」
彼女は問題を起こす生徒をたしなめるような穏やかな笑みを浮かべ、ひょいと椅子から立ち上がった。
私は身構えたが、別に私の方に近寄っては来ず。
部屋の端の書類棚の方に行き、置いてあるパペット人形をひょいと手に取った。深森博士とか、その辺だ。
「そんな思い込みで私が犯人だって言われても。警察は生徒を調べていると思ったけど」
赤いドレスを着たパペット人形をなでながら、こちらを見ずにそう言う。
「探偵ゴッコなら生徒同士でしなさい。私は興味ないわ」




