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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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10 時間がない ~忍 


 百花園までは電車で二時間。

 車のカーナビが到着まで二時間四十分と言った道中を、北堀さんは一時間五十分で走り抜けた。

 さすがに全ての道のりをノンストップ、ハイスピードでというわけにはいかず、車が減速した時に先生は忍から離れて何とか助手席に戻った。カーナビをつけたのも先生だ。


「北堀。少し落ち着け」

 先生は言った。

「事故を起こしたり警察に捕まったりすれば、雪ノ下千草の下にはたどり着けないぞ」

「そうだな」

 もっともな忠告に北堀さんは陰鬱な声で答えた。


「だけど気が逸る。百花園でまた血が流れることは僕にも分かっていた。だが、僕にはその子の顔がどうしても見えなかった。それが千草さんだと言うなら」

 車のスピードがまた上がる。

「僕は止めたい。見えてしまったものを変えるのがどんなに難しくても、あの無鉄砲な人が血の海に沈むところは見たくない」

 その言葉に先生も黙りこんだ。


 無鉄砲。本当にそうだ、お姉ちゃんは。

 危ないって、あんなに何回も言ったのに。

 どうして解ってくれないのか。どうして一人で行ってしまうのか。


 無鉄砲なのは血筋よ、と昔ママが言っていたことがあった。雪ノ下家は代々無鉄砲なんだって。

 だけど今回は、本当に本当に命に係わるのだ。


 お姉ちゃんの携帯に電話しても電源が切られている。メールしても返事はない。

 心配で心配で胃が痛くなってくるような一時間五十分の後。

 見慣れた百花園の校舎が見え、学校の裏門が近付いてくる。


 先生がカードキーで門を開けた。北堀さんの真っ赤な車が学校の駐車場に入る。

「右奥が来客用だ。今日は空いているんじゃないかな」

 先生が言った。

 この駐車場で呆然と突っ立っていたのが、ずいぶん前のように思える。

 お姉さまが倒れていた辺りには今日は車は停まっていなくて、その部分だけぽっかりと穴が開いたようだった。

 小林さんが死んでしまった後、教室で空っぽの机を見た時を思い出した。


 北堀さんが駐車場に車を入れる。

「少し待っていてくれ。理事長に話をつけてくる」

 先生が言った。

「そんな時間はない」

 北堀さんは車から出ようとするが、先生がその肩をつかんで止める。


「あわてるな。ここは女子校だぞ、そんな勢いで乗りこんだら不審者として通報されるだけだ。雪ノ下も今は謹慎中のような扱いだし、理事長に状況を話してちゃんと動けるようにする。雪ノ下千草が今どこにいるかも分からないんだ。職員全員で探してもらった方がいいだろう」

 いろいろ考えていてくれている。やっぱり先生は頼りになるなと忍は思った。

 先生がひとりで車を降り、忍は北堀さんと二人きりで車の中に残された。


 北堀さんに言われて、先生の温もりが残っている助手席に移る。この車は前座席からしか外に出られないから仕方ないけれど、北堀さんと隣同士で座るのはやっぱり落ち着かない。


 忍はゆっくりと目を閉じ、外に向けて感覚を伸ばした。

 あの黒い気配を探さなければ。

 忍が先にアレを見つけてしまえば。見つけて祓ってしまうことが出来れば。

 あの時見えたものを、なかったことに出来るかもしれない。

 自分を研ぎ澄ます。深い水にもぐるように、自分を薄く広げるように。

 学校を包む大気と自分を同化させるように。


 ああ。

 いる。

 蠢いている。


 土を掘っていて地虫を見つけてしまった時のような気分だ。

 グロテスクで気持ち悪くて、目を背けたいのに目が離せない。


「遅いな、恭祐は」

 北堀さんが呟いた。イライラした声音だった。


 その声で忍は黒いモノから意識を離し、目を開ける。運転席の時計を見ると十分ほど時間が経っていた。

 理事長先生に話をするのだから、十分くらいは時間がかかると思う。

 けれど、気が逸るという北堀さんの気持ちも分かる。

 こうしている間に、もしお姉ちゃんが。そう思うと忍も落ち着かなくなってくる。


 校舎のガラス窓の中を何かが動いた。

 車の窓越しに、忍はそちらへ目をむける。


 心臓が停まりそうになった。

 あのウエーブのかかった髪。肩のライン。

 あれは、お姉ちゃんだ。


 車のドアを開け、忍は外に飛び出していた。

「忍ちゃん? 待ちなさい!」

 北堀さんの声が聞こえるけれど、かまっている暇はない。

 お姉ちゃんを止めなくては。

 

 だって、あっちには。お姉ちゃんの向かっていく方には。

 あの黒い、黒いモノが。



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