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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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8 厭な予感 ~忍 -5-


「何だ。君は彼の味方ですか。面白くないな。本当に面白くない」

 逆に先生は嬉しそうな表情になる。

「当然だ。彼女はお前と違ってちゃんと常識というものが分かっているからな」

 助手席から手を伸ばし、後ろに座っている忍の肩に手を置く。

「私の気に入りの生徒だからな。お前なんかの非常識な意見に簡単にうなずくはずがない」


 先生が上機嫌で忍の肩に手を置いてくれていることも、気に入りの生徒だと言ってくれたことも嬉しくて、でも恥ずかしくて。忍の頬が熱くなる。


 北堀さんはそれを退屈そうに見て、

「ふうん。仲がいいんだな。まあいい、好きにしなさい。君たちがどんな風に互いを呼び合おうと、僕は別に興味がないよ」

 そっぽを向いてしまった。

 自分から話題を振ったのになあと忍は思った。北堀さんが何を考えているのか、やっぱり忍にはよくわからない。


「ええと、何だったかなあ。恭祐が横から余計な口を出すから、分からなくなってしまった。僕が君に聞きたかったのは確か……」

 北堀さんは口許に指を当てる。

 そう言えば、そもそもは北堀さんが忍に話しかけたところから名前の話になったのだったっけ。

 そして恭祐というのは十津見先生の名前だ。夏休みに暑中見舞いを書いて送ったから覚えている。十津見恭祐っていい名前だな、とその時から思っていた。


 お姉ちゃんは北堀さんのことを名前で呼んでいたっけ。

 もし、さっき。北堀さんの方に味方していたら先生は、忍に自分のことを名前で呼ばせてくれたのかな? 


 そんなことを考えてしまって、忍は真っ赤になった。

 あるはずがないのに、そんなこと。先生は先生で、忍は生徒なんだから。

 一瞬でもそんなことを考えてしまった自分がすごく恥ずかしい。

「おや、どうかしたかな、忍ちゃん。顔が赤いよ」

 北堀さんに聞かれて、ますます顔が赤くなる。この人には全部お見通しなんじゃないかなという気がして、とてもやりにくい。

「ね。僕の味方をした方が良かっただろう?」

 そう言われた。

 やっぱりと思って、忍はますますうつむいてしまった。


「そろそろ行こうか」

 北堀さんが車のキーを回した。

「二人とも食べ終わったようだし、忍ちゃんに聞きたかったことも思い出せないし。千草さんも待っているだろうし、もう帰るよ」

「あ、はい」

 忍はうなずいた。ママも夕方には帰って来るし、その時に忍が家に居なかったらすごく心配されてしまうだろう。


「じゃあ……」

 北堀さんが車を前に出そうとした時、誰かの携帯が鳴った。


 とても厭な予感がした。

 その音を聞いていられない。そう思うくらいに。


「僕のだ」

 北堀さんは車を出そうとしていた手を止めて、上着のポケットに手を突っ込んだ。

「千草さんからメールだ。何かあったのかな?」

 北堀さんはもう携帯を操作している。

 ああ。見ないでほしいのに。北堀さんは何も感じないのだろうか?


「何だろう。えーと。『用事が出来たので、ちょっと百花園へ戻ります。また連絡を入れます』? 」

 その瞬間、忍は自分が鋭い悲鳴を上げるのを聞いた。


 視界がはじけ真っ白になった。

 その中心にどんどんどんどん、赤い色があふれていく。

 昨日、駐車場で、あのお姉さまの周りに見たのと同じ紅。

 そして。その中心には見慣れた、大好きな姿が。



「雪ノ下、どうした。落ち着きなさい」

 気が付いたら、いつの間にか先生が前の座席から忍の傍に来ていて、しっかりと肩をつかんでくれていた。それでようやく忍は、自分がずっと叫び続けていたことに気付いた。


「あ、あの。北堀さん」

「克己さんか、もしくはお義兄ちゃんと」

「北堀さん!」

 構っている余裕はなかった。

 先生の胸にすがり、忍は叩きつけるように叫ぶ。

「すぐに私を百花園へ連れていってください。駅まででもいいです、電車で行きます。とにかく急いでください。でないとお姉ちゃんが……」


 最後まで聞かず、北堀さんはいきなりアクセルを踏んで車を発進させた。

 前の座席と後部座席の狭いスペースに立っていた先生は、その勢いでよろけた。倒れ込んできた先生に、忍の体はシートに押しつけられる。


 先生の首筋が忍の顔のすぐ傍にあって、ほんのちょっとだけあのタケヒロという男に組み敷かれた時のことを思い出した。

 でも、あの時のように厭な感じは少しもしなくて。

 ただ、すごくドキドキした。



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