8 厭な予感 ~忍 -1-
救急車とパトカーが来てからは目が回るようだった。
とにかく彩名のことは急いで搬送してもらわなくてはいけないと思い、忍は知っている限りのことを救急隊の人に話した。
警察の人も一緒に話を聞いていたが、タケヒロという人の意識がないのでそちらも搬送されることになる。
彼を昏倒させたのは十津見先生なので、警察の人に厳しく事情を聴かれた先生はそれにおかまいなしで忍にも検査を受けさせるように主張した。
「殴られて頭を打っているんだ。すぐに検査するのが当たり前だろう」
あんまり先生がしつこいので警察の人も折れて、事情聴取は病院で行われることになった。
忍は、出来るだけ起きたとおりのことを警察の人に伝えようとした。彩名のメールも見せた。
ただ。
『彩名の家には十津見先生に連れて来てもらった』
『タケヒロという人に殴られて、のしかかられて悲鳴を上げた』
その二つのことだけは、先生に言われたとおりに話をした。
傍で別の警官から事情を聞かれている先生は、
『メールを見て驚いた忍に頼まれて筧家まで行った』
『鍵は開いていたが自分が勝手に入るのはためらわれたので、忍だけを入れて玄関先で待っていた』
『そのうち悲鳴と荒々しい物音が聞こえたので慌てて踏み入ると、忍が男に暴力をふるわれていた』
……と話をしていたようだ。
先生が言うには、忍は保護者の監督下にあることを条件に昨夜警察から帰らせてもらったのだから、一人で歩き回っていたことが分かったら具合が悪いとのことだ。
確かに、それは自分が悪かったと思う。そのせいで先生にも迷惑をかけてしまった。だから先生の言ったとおりにすることに躊躇はなかった。
嘘の部分がたどたどしくなって、バレてしまったらどうしようと心配だったが。
緊張が緩んだ反動か、事情聴取をされている間に涙が出て来てしまったおかげでうまく誤魔化せたようだ。
そのうち、意識を取り戻した彩名やタケヒロからも話が聞けて、先生のしたことは緊急事態だったということでおとがめなしになったようだ。
一応お説教はされていたようだが、それだけで済んで良かったと忍は思った。自分のせいで先生が捕まってしまったりしたら、どうしたらいいのか分からない。
彩名は、初め輸血をして落ち着くのを待つという話だったが、そのうち緊急手術をすることになった。おなかにいるという赤ちゃんが生まれそうになってしまっているらしい。
彩名のお母さんの連絡先を知らないかと言われたが、忍もそこまでは知らない。
結局、学校の方に連絡を取ったようだ。
忍と同い年で、まだ中学一年生で。春まで一緒に小学校に通っていた彩名のおなかに赤ちゃんがいて。このままだと彩名も赤ちゃんも死んでしまうかもしれない、なんて言われても。
とても本当のこととは思えなかった。
女性のおまわりさんが、破られたブラウスの胸元を留めるのに安全ピンをくれた。
「怖かったね」
と言われて。
「彩名ちゃんを助けなくちゃと思って、夢中で」
とだけ言った。まだ混乱していて、どうしてそう言われているのか分からなかった。
「先生が来てくれて良かったです」
十津見先生をかばいたくて、そう言った。
おまわりさんは、
「先生と仲いいんだね」
と笑って言った。
何だか恥ずかしくて、でも嬉しくて。
「はい」
と少し赤くなって言った。
事情聴取を受けながら、脳波やCTの検査をした。
病院の先生や看護師さんも、
「痛かったでしょう」
と言って、あざになっているらしい頬を見て言った。
「怖かったでしょうね」
ここでも言われた。怖いと思っている暇なんかなかったから、何だかおかしな感じがした。
それでも警察の人の事情聴取が全部終わり、先生と二人きりになって検査の結果を待っていると、気が緩んだのか急に甘えたくなって。
先生の肩にこつんと頭をもたせかけた。
先生は雑誌をめくっていたけれど、何も言わずにそのままにさせておいてくれた。




