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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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7 パズルのピースが埋まる時 ~千草 -5-


 そいつと売人の関係は何だろう? 友人なのか恋人なのか、金のつながりだけなのか。その女も中毒者のひとりなのか?

 最後の線は十分ありそうに思える。殺人を繰り返す短絡的な手口がそう思わせる。

 自分も中毒者で、薬を手に入れる金欲しさに他の人間に薬を配って利益を搾り取り。自分が危なくなったと感じると凶行に走る。そんなところだろうか。

 

 まあ、そんなことは推測でしかない。何の根拠もない。

 ただ、動機が自分の身を守るため、ということだけは確かだろう。

 

 自分で薬を配って、中毒者にして援助交際にはまらせ、それが他の人間にバレそうになると殺して口を封じようとする。

 雑で破綻したやり方だ。多分やればやるほど警察の包囲網は狭まっていくんだろう。

 そんなことにも気付いていない、とても愚かな相手だ。でも。

 そんな愚かな人間に、薫は殺されてしまった。


 体を洗った泡を全てお湯で流して、蛇口をキュッと締める。

 悔しい。悔しい。本当に、悔しい。

 

ドライヤーで半分がた髪を乾かしてから、キッチンに戻って作業に入った。

 粉を振るいながら更に考える。


 校内にいる者。そして自分たち自身も生徒であるという強みで、多分私たちは誰よりも事件の核心に迫っていた。

 克己さんの話を聞いていて、それがよく分かった。撫子の情報収集力はやはりハンパない。

 それでも。

 私たちは、いや、私は真相にたどり着けなかった。何が足りなかった? 何を見落としていたのだろう。


 バターをハンドミキサーでまぜる。白くなるまで、ひたすらにひたすらに。

 小林夏希。大森穂乃花。浦上薫。三人の共通点は何だ? 三人はどうして刺されなくてはならなかった?

 

 薫の時はハッキリしている。援助交際と薬物使用の証拠を私に奪われた彼女は、それを薬欲しさで犯人に相談してしまった。

 大森穂乃花の場合は、援助交際の件で学校から処分を受けたことだろう。

 では、小林夏希は?


 これは推測になる。

 彼女はどうやら忍に何かを知られていると思い、それをかなり気にしていた様子だ。そのことを薫と同じように犯人に相談していたとしたらどうか。

 『知られているかもしれない』が、小林夏希の中で『知られたに違いない』にふくれあがる。それを真に受けた犯人は、このままにしておいては自分に累が及ぶと信じ込み彼女を殺してしまった。

 そんなところだろうか。


 ふと、引っかかるものを感じた。

 彼女たちは、自分が危ういとは思わなかったのだろうか?

 事件が起きた後だから言えるのかもしれないが。私には被害者たちがあまりにも気軽に、犯人に向かって自分の感じている危険を打ち明けているように思えた。


 薫の場合は特にそうだ。もう既に二人が犠牲になっているのに、彼女は私に秘密を知られたことをあっさり犯人に打ち明けたとしか思えない。

 どうしてだろう。薫だって『フェアリー』を恐れているように見えたのに。

 薬欲しさに理性が麻痺した? そうなのかもしれないけれど。

 

 小林夏希にしても、忍には神経過敏なほどの反応をしておきながら、犯人に対しては無防備すぎるように感じる。もちろん私の推測が正しいとしてだけれど。

 でも、まるで本当に、相談するのが当たり前のように二人とも……。


 不意にハンドミキサーを持つ手が揺らいだ。

 回転するミキサーがボウルの内側に当たり、耳障りな音を立てる。

 私は慌ててハンドミキサーのスイッチを切った。もうバターは充分に白くなっている。


 砂糖を加えてまぜながら、今、思いついたことを考え直してみる。

 次は卵黄。次は粉。順々に入れ、さっくりと混ぜていく。

 ああ。何てことだろう。辻褄が合っていく。今まで意味の分からなかった、いろいろなことがつながっていく。


 被害者たちの共通点。

 百花園の制服を着た殺人者。

 瀧澤撫子の情報を手に入れる手口。

 フェアリーに関わる者たちが、普通の友人関係からたどれなかった理由。


 気が付けば、私は天板三枚分にこねたクッキー種を配置し、暖めておいたオーブンにそれを入れ終えていた。タイマーを二十分後にセットして蓋を閉め、ボウルや器具を水に漬けて、後片付けをしてから私は一度キッチンを離れた。



 百花園に行かなければ。

 これは私が自分で始めたこと。幕は自分の手で下ろさなくてはならない。

 犯人の前に立って薫を無惨に殺した罪を糾弾しなくては、私は顔をまっすぐ上げて生きていくことが出来ない。


 タイマーが鳴る頃には私は身支度を終えていた。

 焼き上がったクッキーを網の上に並べ、ガスの元栓を閉め、戸締りの確認をして家を出た。

 

 忍はオジサン二人に任せた。あの二人ならママが帰ってくるまでちゃんと妹を守ってくれるだろう。

 私は。

 結着をつけに行く。



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