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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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7 パズルのピースが埋まる時 ~千草 -4-


 その時、克己さんの携帯がまた鳴った。

「もしもし? 僕だ。何かあったか?」

 その口調からして、また十津見なんだろうか。

「うん。……ああ、そう。面倒くさいな。……大体、何で僕の車で行ったんだ。歩いていけば良かったじゃないか」

 とか何とか、すごく面倒そうに応対している。


 克己さんの言葉と言葉の間のレスポンスが長いのは、十津見がまくし立てていると見た。

 あの教師、うだうだぐだぐだと文句言うタイプだからな。


 五、六分、攻防があって。

「分かった、分かった。行けばいいんだろう。君は本当に面倒くさい男だ」

 明らかに厭々な感じで、克己さんは電話を切った。


「十津見先生ですか?」

 尋ねると、ウンザリした様子でうなずく。

「検査の結果が出て、妹さんには特に問題はないそうです。それと警察の事情聴取も一応終わって放免されたそうですが。あいつ、やっぱり妹さんが押し倒されているのを見て逆上したようで。売人をノックアウトしちゃったので、半分連行される形で警察の車で病院まで行ったらしいんです。それで帰りの足がないから僕に迎えに来いという電話でした」


 十津見……。だからさ。アンタまで警察に目をつけられてどうするの。役に立たない保護者だな。

「でも、病院からならバスがありますよ。忍は分かってるはずですけど」

 と言うと。

「ああ。あいつ慌てて出かけたでしょう。上着の中に財布を入れっぱなしにして、この家に置いて来ちゃったんだそうです。病院代も払えないで困っているらしい」

 そ、粗忽者。買い物行こうと街まで出かけてから財布がないことに気付く主婦か、アイツは。


「仕方がないから筧家まで行って車を回収してから、二人を迎えに行ってきます」

 克己さんは立ち上がって、大きく欠伸をした。

「車のキーはあるんですか? 十津見先生が持って行ってしまったのじゃ」

「予備があるので大丈夫です。問題ありません」


 私は少し考えた。

「あの。私も行った方がいいのでは」

 忍の検査にかかった費用なら、十津見ではなく家の者が払うのが筋だろうし。

「いいですよ。すぐに戻りますから。彼に、妹さんの前で少しは恰好をつけさせてやって下さい」

 と言われてしまった。


 克己さんを見送って一人になると、今までがにぎやかだっただけにひどく空疎な気持ちになった。

 母はいつもこんな気持ちなのかな。そう思うと、私たちにベタベタしたがる母に少しだけ悪いなという気がした。


 克己さんが読んでいた新聞が広げたまま置いてあったので、それを畳む。

 百花園女学院の文字が見出しに躍っている。『またも殺人』『浦上薫さん(15)』の文字が痛い。


 クッキーでも作ろうかな。そう思う。

 こういう気分の時、私はいつもクッキーを作る。作業に没頭していると、頭や気持ちを占めているごちゃごちゃしたことが段々に整理されてくるから。


 ママも帰って来るし、パパもそのうち帰って来るのだろうし。

 克己さんと十津見のコンビには迷惑もかけられたが、一応世話になったことだし。

 忍にも食べさせてやりたい。


 スマホを確認すると、母と小百合、撫子からメールが入っていた。

 母はもう新幹線に乗ったとのこと。忍の現状を知らせようかと一瞬迷ったが、込み入っているし、メールで説明しても心配させるだけだし。

 帰って来てから、克己さんか十津見のどっちかから説明してもらおう。そう決めた。

 

 小百合は心配してくれる内容のメールを。撫子は何か情報くれー、という気持ち丸出しのメールを送ってきている。

 とりあえず、それぞれに短い返信を送っておいた。結局『詳しいことは後で』としか、言えないのだけれど。


 キッチンに行き、道具と材料をそろえる。凝ったものは作る気にならないので、簡単な手ごねクッキーでいいや。道具は自分でばっちりそろえてあるから、出して軽く拭くだけで問題なし。

 材料は……薄力粉良し、砂糖良し。卵と無塩バターはあるかな? 冷蔵庫を開けると卵はあったがバターは普通のモノしかなかった。まあいいや、有塩でも。

 バターを室温に戻している間に、シャワーを浴びることにする。

 昨日入れなかったから、さっぱりしたい。


 洗い場に入ると洗濯機が回っていた。うちのは乾燥機まで一体になっているヤツで、洗剤を入れてボタンを押せば乾燥まで全部やってくれる。もう乾燥を始めていた。忍が出かける前にやっていったんだろう。

 洗濯かごの中はキレイに空だった。ということは、克己さんが脱いだものとかもいっしょに洗っているのか。

 忍、ホント勇者だな。私だったら、よその男の人の下着とかと一緒に自分のものを洗うのはちょっと尻込みしてしまいそうだ。


 風呂場に入ると誰かが使った形跡があった。ゆうべ克己さんが使ったまま……よりも、もっと後に誰かが入った感じ。十津見かな。そうすると十津見のものも一緒に洗濯してるのか? うわあ、マジで後から入って良かった。


 つい風呂場を軽く掃除してしまう自分は神経質かなと思いつつ。いや年頃の乙女なのだからこれでOKと思い直す。

 十津見の入った後の風呂場とか、ちょっとね。


 熱いシャワーを頭から浴びた。

 髪の間を通り抜けていくお湯の感触が、余計なものを洗い流してくれる気がする。

 

 この二十四時間で、いろいろなことが起きて、いろいろなことが分かった。

 いや、分かったのは主に忍、克己さん、十津見の立ち位置なんだけど。それがハッキリしただけでも、ずいぶんと違う景色が見えてくる。

 そして。

 事件については何が分かったんだろう?


 髪にシャンプーを伸ばしながら私は考える。

 克己さんたちが追っていた線。薬の供給元はその売人で間違いないとして。

 殺人の実行犯は、克己さんが見たという百花園の制服を着た女。

 そいつがおそらく学校内での薬の配布を取り仕切り、あの『妖精の園』のサイトを運営して少女たちに援助交際を強いていた。

 そういうことなのだろうか。



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