7 パズルのピースが埋まる時 ~千草 -3-
私はうなずく。たまらなく情けなかった。実の姉妹なのに、私は妹のことを何も知らない。
「これは恭祐から聞いた話ですが」
また十津見。
とても悔しい。どうして、いつもあの教師なんだろう。
忍が心を許して、傍に居たがるのはいつだってあの教師だ。
姉の私がここにいるのに。どうして、何で、いつだって、いつだって。
そんな私の前で、克己さんはゆっくりと言葉を続けた。
「大雑把に言えば、彼女は僕と同種の人間だそうですよ。彼女はいろいろなことを知ることが出来る。けれどそれは通常の手続きにはよらないから、あの子は証拠を提出することが出来ない」
え?
私は、緊張した体から一気に力が抜けるのを感じる。
何、それ。忍が、何?
「どうしました、千草さん。ヘンな顔してますよ」
あー、もう!
呆然とくらいさせてくれ。誰がヘンな顔よ、ホント失礼だな、この人は!
「克己さんみたいに、あの子も先のことが分かるって言うんですか?」
「僕と同じというわけではないでしょうね。こういう力というのは、同質なものは稀ですから。握手した時の感じで行くと、僕の力とはあまり相性が良くなさそうです」
何ソレ。わけわからん。
「だって忍ですよ? 私の妹ですよ? まだ中学生ですよ?」
「年は関係ないです。むしろ子供の方が、力が強く出たりします」
冷静に返答しないでほしい。こっちはパニックしてるんだから。
「信じられませんか?」
克己さんは困ったように言った。
「僕のことは信じてくれたのに」
「だって、でも」
「思い当たることは何もありませんか?」
思い当たることと言えば。父方の祖母だ。
祖母には不思議な力がある。父からそう聞かされて育った。確かに祖母は、私が口にしていないことを言い当てたり、いろいろ不思議な言動のある人だけれど。
私は、人よりカンが良かったり、小さなことから推理を働かせているのだと思っていた。
祖母のやることはそれで説明のつくようなことばかりだし。
その祖母は孫たちの中で忍が特にお気に入りで。
長期休暇にはよく自分のところに呼び寄せていた。
黙ってしまった私を見て。
「多少は思い当たる節がありますか」
克己さんが言った。
「信じてあげられませんか」
そう言った声が優しくて。
いつも傍若無人なこの人が、未来を見る力のことだけは『信じなくてもいい』と諦めたような口調で言っていたことを不意に思い出す。
先のことが分かっても証拠を提出できないこの人は、どれだけそのことで辛い思いをしてきたんだろう。
分かってくれる人は、分かろうとしてくれる人は、どれだけ周りにいたのだろう。
そう思った時に、忍が十津見を見る時の信頼し切った表情が頭に浮かんだ。
「あの」
私は口を開く。
「十津見……先生は、その話をすぐに信じたんですか?」
克己さんは首をかしげる。
「さあ。詳しい経緯は知りません。その辺は彼に聞いて下さい。僕に話したんだから、最終的には信じたんだと思いますよ。話す価値もないと思えば無視するような男ですからね」
それは、すごく十津見らしい。
そして、その大雑把な信頼関係はとても克己さんらしい。
だけど。
信じたんだと。私の体からガックリと力が抜ける。
何てことだろう。負けて当然だった。
私には出来なかったことを。妹を信じて受け容れる、それだけのことをあの教師はやってくれていたんだから。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
テーブルにがっくりとうつぶせてしまった私に、克己さんが心配そうに声をかける。
「自分が厭になりました……」
そう呟くのがやっとだ。
私って女は本当に、何も出来ないくせに威張ってばかりで、妹の気持ちも悩みも知らないで知ったかぶって、偉そうに姉貴面して、最低だ。
死んでしまえばいいのに。
昨日までならきっと、そんな風に自嘲して落ち込めたけど。
薫の無惨な死に顔を見てしまったから。もう、そんなことも思えない。
昨日から本当に、自分がどんなにダメな人間か思い知らされてばっかりだ。
「妹さんは君のことをとても大事に想っているようですよ。確か、君を救いたいから犯人と対決するとか。そんなことを恭祐が言っていた気がします」
と大変不確かな情報を教えてくれるこの人は多分、私のことを気遣ってくれているのだろう。
こんな私に、どうして優しくしてくれるかな。
こんな私に、大事にしてもらう資格はあるのかな。
「克己さん。ズルいです」
私はちょっとだけ顔を上げて、そう小声で言う。
克己さんは意外そうな顔をした。
「ズルいですか? 何がですか」
ズルいよ。いつもいつも私が弱っている時に優しくしてくれるんだもの。
こんな風にされたら、頭が上がらなくなってしまうではないか。
結婚したら左団扇の専業主婦生活。
旦那は尻に敷いて上手に操縦。
そんな生活が私の理想だったんだけれど。
多分、私は一生この人には勝てない。
それが分かってしまって。
なぜか肩の荷が下りたような気がしている自分が、不思議だった。