6 変わる景色 ~千草 -5-
「その男がドラッグの売買をしていることは確信できましたが、残念ながら決定的な証拠が掴めなかった。学校にどういう方法で薬を流しているのかも分かりませんでした。だから警察には言えなかった」
超能力で見たから。そんな言葉では警察は動いてくれない。それはさすがにこの人も分かっている。
「そのうち彼の方で大森穂乃花さんがあやしいという情報を掴んできました。彼は学校があるので僕が見張りを引き受けまして。彼女が男性とホテルに入って行ったのは意外でしたが、とにかく女子高生らしからぬ振舞いがあったら教えてくれとの話だったので、すぐ連絡しました」
そうすると。
「じゃあ、彼女がホテルに行ったことを学校にリークしたのは克己さんですか」
「ええ。彼の指示で」
その辺は我が校の誇る陰険風紀指導担当教師。そうやって大森穂乃花を休学に追い込んだのか。
「君の教えてくれたサイトがどういうものか分かって、話がつながりました。売春と薬物に何らかのつながりがある可能性がある。そう思って休学中の彼女の元へ急行したのですが、ここでも犯人に先を越されましたね」
犯人は大森穂乃花が学校側にマークされた意味を十二分に知っていた。
後手に回ったことが悔やまれる。
あの時点で私と克己さんたちが情報を共有できていれば。言っても仕方がないことだが、そう思わずにいられない。
もっとも克己さんたちの方でも、一生徒に過ぎない私たちがそんなことを調べているとは思わなかっただろうし。
私たちだって、十津見はまだしも克己さんがそんなことをやっているなんて思いもしなかった。
不幸なすれ違いという言葉で片付けるには悲しすぎるが、半分ずつの情報しか持たなかった私たちは的確に動くことが出来なかった。その隙をついて犯人は動いたのだ。
「刺された彼女を発見したのも僕です。犯人らしき女も見ましたが、彼女の救助を優先してしまった。局面がこうなって来ると、正しい判断だったかどうか悩みます」
「そうだったんですか」
私は驚いた。
そうすると今この家にいる四人は全員、警察の事情聴取済みということになる。警察の人から見たら、ずいぶんとあやしい集団に見えるだろうこと想像に難くない。
でも。
この人が倒れている大森穂乃花を見捨てて、犯人を追うような。そんな人ではないことが、私には何だか嬉しい。犯人逮捕の道が遠くなっても、それはとても大切なことだと思う。
「犯人、見たんですか」
私はたずねた。
「ええ。駆け去っていく後ろ姿だけですが、まず間違いないでしょう。百花園の制服を着た若い女でした。長い髪をしていた」
それは時間的に言うと、私が克己さんを置いて逃走してしまった後のことだろう。
どうして、あの時の私はあんなに短慮だったんだろう。
私がその場にいれば、誰だか分かったかもしれないのに。少なくとも犯人に近付く手がかりは今よりも得られたに違いない。
「君が後悔することはありませんよ」
克己さんは優しく言った。
「あの時の僕が、大森穂乃花に会いに行くのに君を同伴することは有り得ませんから。どちらにしても何か理由を作って、君を帰らせたでしょう。だから君の責任ではありません」
私は驚いて彼を見る。まさかこの人、心まで読めるわけじゃないでしょうね。
そんな私を見て克己さんは笑う。
「君は考えていることが結構、顔に出ますね」
え。
自分の頬が紅くなるのが分かる。
そうなのだろうか。そんなこと言われたことがないけれど。
私の思考、人から見たら丸わかりなの?
「ほら、分かりやすい」
そう言って笑ってから、克己さんは事件の話に戻った。




