6 変わる景色 ~千草 -3-
でも。
「三年前から?」
やはり容易には信じられない。
「事件が起きたのはつい二週間前です。それなのに、どうしてそんな前から」
「そうですね」
克己さんは困ったように微笑んだ。この人がこんな顔をするのは珍しいと思う。
「占いで分かったと言ったら、信じますか?」
私は沈黙してしまう。
何度も繰り返すが、私はあまり超自然現象というものに信用を置かない方だ。正直に言えば、そんなもので解決するなら世の中平和だと思っている。世の中を律しているのは物理法則と心理学だと思うし、それで証明できないモノでは他人を納得させることは出来ない。
それは私だけではなく、多くの人が思っていることではないだろうか。
表情にそれが出ていたのか、克己さんは諦めたように笑った。
「信じられませんよね。いいです、忘れて下さい。とりあえず今は彼と僕が協力して、今回の事件の裏を探っていたということだけ……」
「信じます」
私はぶっきらぼうと言っていい口調で、相手の言葉を遮った。克己さんは驚いた顔をして、言いかけていた話をやめてしまう。
「信じます」
私はもう一度繰り返した。
「確かに私は、あまり占いは信じていませんけど。でも人を見る目なら少しはあるつもりです。克己さんとはお付き合いしてまだ日が浅いですけれど」
次の言葉を言うのは、さすがに少し顔が赤くなった。
「頓狂なことはなさっても嘘をつく方ではないと思っています。ですから、おっしゃることは信じます」
沈黙が落ちた。克己さんは、目を丸くしたまま私を見つめている。
何だか居心地が悪くなって、私はテーブルに置いた麦茶を一口飲んで口の中を湿らす。
「お話の続きをうかがいたいのですが。十津見先生が克己さんのご友人というところまでは納得しました。それで、占いというのはどんな結果だったんですか?」
それが合図だったように、克己さんは破顔した。
今まで見たことがないくらい嬉しそうな笑顔だった。
「君の口からそんな言葉が聞けると思っていませんでした。僕の方は、まったく人が見る目がないなあ。君はいつも僕をとても驚かせてくれますね」
この人にそう言われるって、私はどんなビックリ箱だ。
そんなとんでもないものではないと思うんだけど。
「ありがとう。嬉しいです」
そう言った克己さんの声がとても優しかったので、まあいいかと思ってしまった。
そんなこんなでゆっくり朝ご飯を食べている内にお昼になってしまった。これはもうブランチというヤツね。厭味を言う人(十津見)が出かけていて良かった。
「何から話せばいいかな」
克己さんは考え込むように首をひねった。
「無理して信じなくていいんですが、僕は小さい頃からおかしなものが見える子供でした。それがどうやら未来のことらしいと分かったのは、中学頃だったかなあ。特に知り合いのことが見えるとか、そういうわけではありません。たいてい見も知らぬ、どこの誰だか分からない人のことです。ただ共通していることがあって、僕が見る未来はいつもあまり芳しいものではありませんでした」
突然の事故や事件。見えるのはそういうものだったようだ。
「そのうち、それを止められないかと考えるようになりまして。小さいことなら止められることもあったんです。けれど、どちらかと言えば見えてしまったことを変えるのは容易ではない。成人する頃にはそう分かりました」
それで諦めてしまうのも手だったと思う。
そういう体質であるのは、たいそう面倒なことだろうと思うが。
どうせ見えるのは知らない人のことなのだ。自分には関わりがない。
割り切って自分は自分の人生を生きる。それでいいと思うし、私ならきっとそうしただろう。
でも。
「何だか悔しくありませんか?」
この人はそう言うのだ。
「見えているのに見えないフリをして生きていくなんて、面白くないです。それでね、出来るだけ抗ってやろうと思ったんです。事務所を立ち上げて、それを仕事にしました。占いというのは便宜的な言葉で、実際はこちらから売り込みに行くんです。こういうことが見えたから悪いことが起こらないように一緒に考えましょう、と」
「それはまた、画期的なお仕事ですね」
そうとしか言いようがない。
うちにそんな人が来たら悪質な宗教の勧誘だと思って、絶対にドアを開けないぞ。
「失礼ですが、実際のところそれは商売になっているのですか?」
やはり家賃生活者なのだろうか。
「そうですね。お金になる時もあるし、一文にもならない時もあります」
ああ、やっぱり。
ガックリする私。私の夢はお金に困らずのんびりゆったりの左団扇の専業主婦だったのだが。
これは大学出たら仕事をすることを考えた方がいいのだろうか……。




