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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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6 変わる景色 ~千草 -1-

 気持ちよく眠っていたら、何だか騒々しく部屋に入って来たものが、

「車を借りるぞ」

 とか何とか聞き苦しい声でわめいて出て行った。

 はあ? 今の何? そもそも清らかな乙女の園で何で男の声が……と思った辺りで目が覚めた。

 昨日のことを一気に思い出す。そうだ、ここ、家だ。

 そして。


 夢だったらいいなと思ったが、残念ながら夢じゃなかった。

 私の横には克己さんが寄り添って横になっていて、眠そうに目をこすっていた。

 ああ、パパ、ママ、ごめんなさい。千草はよその男の人と一夜を明かしてしまいました。

 そして忍も……。


 と思ってベッドを見ると、そこは空っぽできれいにベッドメークもされていた。妹たちはだいぶ前に起きていたらしい。

 しまった。眠らずに十津見が妹にけしからぬ振舞いをしないよう見張っていようと思っていたのだが、明け方辺りで眠ってしまった。

 パパ、ママ。千草は妹も守れませんでした。本当にごめんなさい。


 だけど、つまり。それでは。

「さっきのは、十津見先生?」

 何だかえらく慌てた様子だったから、夢のような気もするけど。

「そのようですね。僕の車の鍵を持って行った」

 克己さんが答えた。あら、やっぱり夢じゃなかったか。


 顔を上げると距離が近くてドキドキする。

「おはようございます、千草さん」

 彼はぼさぼさの髪の毛のまま、さわやかな笑顔でそう挨拶した。

「ご、ごきげんよう」

 私はそう言うのが精一杯で、彼の顔から目をそらしてしまう。


「よく眠れましたか?」

 と脳天気に聞く婚約者。眠れたわけないでしょうが。

「克己さんはよくお休みでしたね」

 厭味っぽく言ってやる。すると、

「そうですね。ぐっすり眠れました」

 とかいう返事が。アナタにとって私は女として認識されているのか?


「着替えてきます」

 私は憤然と立ち上がった。何で私の方がドギマギしているのか。こういう時は男の方が焦ったりなんだりするものじゃないの? マンガとか小説の情報によると。もうっ、何か面白くないぞ!

「ああ、そうですか」

 克己さんは欠伸をしながら言った。

「おなかが減ったなあ。何か食べるものありますか」

 私はそれを振り返ってにらみつけた。

「大したものはないと思いますが。一応、ご用意します」

「お願いします」

 厭味が通じないな! ああもう、本当腹が立つ。


 家に置いてある服(ちなみに水色のボーダーシャツに、グレーのスカート)に着替え。身支度を整えて階下へ。

 結論を言うと、私が何もしなくても朝食の支度は出来ていた。大皿に盛ったサラダ、ホットプレートの中には二人分の目玉焼きとベーコン。トースターの中に入ったトーストは少し冷めているが、まあ食べられないことはない。


 そして妹と十津見の姿は家の中になく。玄関に靴もないし、ついでに言えば駐車場から克己さんの赤い車も消えていた。

 状況から考えると食事の支度が出来たところで二人で慌ててどこかへ出かけた。そういう風に見える。

 妹の携帯に電話をしてみたが、その途端キッチンで忍の好きな曲が鳴り響く。何と家に置きっぱなしになっていた。これじゃあ連絡の取りようがない。

 

 やきもきしていると克己さんがやってきて。

「おいしそうですね。いただきます」

 と勝手に食事を始めてしまった。

「うん。卵の黄身はもう少しやわらかい方が好きですね」

 とか言っている。

「ホットプレートに入れっぱなしになっていたようなので」

 私は機械的に答える。

「そうですか」

 冷めたトーストを咀嚼しながら、克己さんはうなずいた。


 それから、

「食べないんですか?」

 と聞いてくる。

「今、そんな気分じゃないんです」

 答えると。

「妹さんですか? 大丈夫でしょう」

 とあっさり言った。


 私は彼を睨みつける。

「どうしてそんなこと言えるんです」

 すると。

「彼が行きましたから」

 あっさりした答えが返ってきた。変態ロリコン教師がついて行ったから何だというのだ。

「それは、忍と連絡が取れない理由にはならないと思いますが」

 外でロリコンに襲われているのでなければだけど。その場合、全く大丈夫じゃない。


「連絡が取れないのは、おそらく緊急事態だからでしょうね」

 私の気も知らず、克己さんはあっさりとそう言った。

「緊急事態って」

 私は眉を吊り上げる。

「そんな」

 もしそうだとしたら、のんびり朝食なんて食べている場合じゃない。……もう昼に近い時間だけど。あと緊急事態っていったい何だという気もするけれど。それはともかく。

「大丈夫ですよ」

 克己さんはもう一度言った。


「彼が行きましたから。あわてて僕の車を使ったとのは、妹さんは単独行動をしているけれど彼にはその行き先が分かっており、更に車で行けば追いつける確信があったということです。そうでなければ僕をたたき起こして相談していたでしょう。今頃は合流していると思います」

 私はきょとんとする。そう言われてみると、そういう可能性もあるかもしれないが。

「どうして、そんなこと言い切れるんです」

「分かりますよ。彼の行動様式は単純ですから。合流したら連絡が来るんじゃないかな。ああ」


 何かに気が付いたように、克己さんはズボンのポケットに手を突っ込み携帯電話を取り出した。

「もしもし? 僕だ」

 そのまま電話の相手と話し出す。もっとも話をしているのは主に相手の方で、克己さんはただ適当な相槌を打って聞いているだけのようだったが。


 五分近くその状態が続いた後、

「そうか。分かった」

 と克己さんは言った。

「手を貸すか? 行った方がいいのかな」

 また少し沈黙、電話の相手はよくしゃべる人のようだ。

「分かった。また何かあったら連絡してくれ」

 最後にそう言って、克己さんは電話を切った。


 それから私を見てにっこりと笑う。

「彼からでしたよ。不粋なヤツですが、間のいい男ですね。妹さんは無事だそうですが、念のため検査をしなくてはいけないのと、警察の事情聴取があるので帰るのは少し時間がかかるそうです」



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