4 良くない言葉 -1-
翌日、水曜日の昼休み。私は、一年竹組の教室に行く。
小林夏希の所属していたクラス。
そしてここには、妹の忍がいる。私は忍から、小林嬢の印象を聞き出そうと思っていた。実の姉妹とはいえ、別々の寮にいる忍とは、こうやってわざわざ会いに来なければ、顔を合わせるチャンスもそうはない。
ところが、せっかく来たのに妹は教室にいなかった。
昼休みは五十分。前半は、全員各寮に戻りお昼食をとる。その後、二十分ほどは思い思いに過ごすのが、百花園生の昼休みなのだが。
「忍……じゃない、雪ノ下さんなら、十津見先生のところに呼ばれて行きました」
出て来た下級生が、そう説明してくれる。
むむ。そう言えばあの子、風紀委員だと言っていたような。もっと図書委員とか保健委員とか、向いていそうな仕事をやればいいのに。
ため息をつく。
とりあえず、放課後会いたいので生徒用ロビーに来るように、伝言してもらうことにした。下級生は「はい」と元気よく返事をする。
その顔を見て。
「もしかして、遠山ひかりさん?」
と聞いてみる。
彼女の顔が、パッと赤くなった。
「は、はい。そうですが」
「やっぱり」
私は微笑んだ。それなら、忍のルームメイトのはずだ。
「忍から、よく話は聞いているわ。いつも妹に良くしてくれてありがとう。不器用だけど、根はいい子なのよ。これからも、仲良くしてやってくださいね」
とびっきりのお嬢様顔と口調で言うと、相手は顔を真っ赤にする。我が校において、一年生が最上級生のお姉さまから優しい言葉をかけてもらうというのは、なかなかのステイタスなのだ。
遠山ひかりが妹の話していたとおりの、まっすぐで飾らない性格の女生徒であるらしいことに満足して、私はその場を立ち去った。
自分の教室に戻った私は、撫子に妹の評判を聞いてみた。何となく。学校での忍が気になったのだ。
「千草さんの妹さんね」
撫子はおっとりと言う。
「今回の件に関係あるのかしら」
なければ対価をよこせ。目が、そう言っている。
なので。
「あるといけないから聞いているの。あの子は小林夏希と同じクラスだったんだから。もし、何か関わりがあるんなら、うっかりしたことを口に出せないでしょう」
と。無理やり理由をつける私。
撫子はそんな私を胡乱そうに見つめ。
「ま、いいわ。今回は私の方から持ち込んだ話でもあるし。サービスしましょ」
千草さんについては婚約話もあるし、と小さく付け加える。つくづく、損得勘定でしか動かない心根の冷たい女である。
「雪ノ下忍さんはね」
スマホを操作しながら撫子は言う。
「おとなしくて地味なタイプね。教室では目立たない。友人は、寮で同室の遠山ひかりさんだけ。成績は悪くない。ただ、ひとつだけクラスメートの注意を引いている点があって」
気を持たせるように間を置く。こういう、これ見よがしの演出をするところがキライだ。
「いいから。何。あの子、何か目立ってるの」
「そうね。目立ってると言えば、目立ってる」
撫子はにんまりと笑った。
「忍さんはね、十津見先生の熱烈なファン。何か用事を見つけては研究室に入り浸っているし、風紀委員には自分から立候補。調理部なんだけど、何度か部活で作ったものを差し入れたりもしているって話よ」
私は。眩暈がした。
マジか。初耳なんだけど。
忍。我が妹ながら……趣味、悪すぎ!!
「まあ、十津見先生のファンなんて長年いなかったから。クラスや寮の仲間は、面白がっているみたいだけど」
いや、面白くない。実の姉としては、全く面白くない。何でよりによってあの教師に行く、忍??
だが、今は。そのことをあげつらっている場合ではない。
「分かった。それは置いといて。小林夏希とは、どうだったの」
私は聞いた。
「そうね。あまりよろしくはなかったみたい」
撫子は言った。