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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
159/211

5 影をほどく ~忍 -3-


件 名:私、死ぬから

送信者:彩名ちゃん

内 容:

 今から死ぬからさ。教えておいてあげる。アンタ、私のことキライでしょ。良かったね、喜んでいいよ。私、いなくなるから。

 タケヒロの赤ちゃんが出来たから別れて、ってママに言ったら、階段から突き落とされたよ。淫売死ねだって。

 笑っちゃうね。娘よりも男の方が大事なわけよ。だいたい知ってたけど。

 いいけど別に。私だってママよりタケヒロの方が好きだし。

 でもタケヒロにも、ふざけんな死ねって言われた。マジ来たわ、愛し合ってると思ってたのに。

 今、タケヒロが用意してるから。用意出来たら死ぬよ。もうどうでも良くなっちゃった。アンタも喜ぶと思うとムカつくけど、どうせ誰も悲しまないんだから同じ。じゃねーヾ( ´ー`)ノ~



 忍は、しばらく呆然としていたと思う。

 ホットプレートの中で脂がはねる音がして、それで我に返った。慌ててホットプレートの温度を下げる。このままだとベーコンも卵も焦げてしまう。


 これは遺書だ。それも、これから殺されるという内容だ。


 忍はほんの少し考えてから、エプロンを外して椅子の背に掛けた。ホットプレートはスイッチを切った。余熱でしばらくは温かいだろう。

 バスルームからはまだ水音が聞こえる。お客さんを放っておくのはまずいので、急いでメモ用紙に走り書きをした。


『十津見先生

 小学校でクラスメートだった筧彩名さんが、おうちで困ったことがあるみたいなので、ちょっと様子を見てきます。

 申し訳ありませんが、先に朝食を召し上がってください。

 すぐ帰ります。いなくなってごめんなさい。    雪ノ下忍 』


 読み返して下手な手紙だと思ったが、要件が伝わればいいかと思い返した。書き直している時間はない。

 そのまま外に出ると、小学生の時に愛用していた自転車に飛び乗って彩名の家へと急いだ。



 彩名の家までは十分ほど。最後の坂が大変だけど、代わりに帰りは楽になる。そう思って自転車を押す。

 門をくぐり、玄関の前でちょっと躊躇した。チャイムを押してもいいんだろうか? 彩名の家はいつも通りで、あのメールに書いてあったような異常なことが起こっている気配はしない。


 ふと、からかわれているのではないかという気がした。

 慌ててチャイムを押したらいつも通りの彩名が出て来て、

『本気にしたの? バカじゃない』

 と厭な笑みを浮かべるのではないだろうか。そうしたら忍はさぞかし複雑な気持ちになるだろう。


 けれど。

 すぐに気を取り直す。それならそれで別にいいのだ。

 昨日のお姉さまのように……取り返しのつかない悲劇が起きたのでなければ、どれだけ彩名にバカにされたって大したことではない。


 チャイムに手を伸ばして、気が付いた。玄関のドアが細く開いている。

 母子家庭の彩名の家は戸締りにうるさい。その辺りは、パパが留守がちな忍の家と同じだ。こんな風に玄関を開けっ放しにするなんて有り得ない。

 やっぱり厭な予感がした。


 そっと玄関の扉を開けてみる。

「おはようございます」

 声をかけた。大声を出すつもりだったのに、細い声になってしまった。

「あの、雪ノ下忍です。彩名ちゃん、いますか」

 誰も応えない。二階の方から水音がするような気がした。


 忍は意を決した。靴を脱ぎ、

「おじゃまします」

 と声をかけて勝手に上がる。そのまま彩名の部屋がある二階への階段を上がった。小学校の頃に泊まりに来たこともあるので、間取りは知っている。二階にもバスルームがあったはずだ。


「彩名ちゃん? いる?」

 大声を上げてみる。誰も答えない。水音だけが聞こえてくる。

「彩名ちゃん?」

 バスルームの扉が半開きになっていた。

「開けるよ」

 思い切って扉を開けた。水音が一層強くなった。

 脱衣所の向こうの曇りガラスのドアが開いたままだった。


 風呂場の床に彩名がぐったりと座り込み、その片手は浴槽の中に沈んでいた。

 シャワーからすごい勢いで水が出され、彩名の全身に降りかかっている。

 お湯ではなく水だ。跳ね返る冷水が忍のところにまで飛んできた。


「彩名ちゃん」

 忍は慌てて駆け寄った。

「どうしたの。大丈夫?」

 水にぬれながら、シャワーの栓をひねって止める。


 浴槽の中を見て、背筋がゾクリとした。

 いっぱいに溜まった水の中に赤い色が浮いていた。


「彩名ちゃん」

 あわてて浴槽の中に浸かったままの彩名の右腕を抱え上げた。

 手首のところに傷口があって、じわじわと血があふれてくる。見ていると気分が悪くなった。


「……忍?」

 彩名が弱々しく顔を上げて、呟くように言う。

「本当に来たんだ。バカじゃない」

 紫色の唇が弱々しく嗤う。

「何でこんなことを」

 憎まれ口に構わず、忍は彩名ちゃんを引っ張って脱衣所の床に寝かせた。

「今、救急車を呼ぶから」


 ポケットの中を探って、スマホを家に置いて来てしまったことに気が付く。ドジだ。どうして自分はこう抜けているんだろう。

「携帯、忘れちゃった。家の電話を貸してね」

 そう言ってバスルームを出ようとして。

 

 いきなり凄い力で頬を張り飛ばされた。



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