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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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5 影をほどく ~忍 -2-

 しばらく二人で様子を見ていたが、お姉ちゃんも北堀さんも起きそうになかった。

「あの。朝ごはん作りましょうか」

 忍は言った。

「そうだな」

 先生は言った。

「あー、すまないがシャワーを貸してもらえるとありがたい。昨夜は入りそこなってしまったので」


 え、と思ってから。

 先生の言ったとおりなら、自分が引き止めてしまったからだと気がついて、忍は赤くなった。


「すみません。お風呂洗って来ます」

「いや、かまわない。どうせ北堀が使ったままだろう」

 あれ、それじゃあ、お姉ちゃんも入らなかったのかな?

 そう思ってから、急に。 自分が寝起きで、パジャマのままで、髪の毛もぐしゃぐしゃだろう、ということに気が付いた。

「わ、私、着替えてきます」

 手で髪をなでつけながら。忍は慌てて言った。 


 洋服ダンスへ行く道は、お姉ちゃんと北堀さんが塞いでしまっている。

 制服なら、昨日ベッドの脇にかけたから手に取れた。ブラウスは血に汚れて捨てるしかなかったけれど、代わりのブラウスと靴下は、部屋の入り口横の小さな抽斗に入っているし。


「あの、お風呂場は、自由に使って下さい。あと」

 先生のワイシャツを見る。忍が、着替えもしていない先生を無理やり一緒に寝させてしまったから。服がしわだらけだ。

「洗濯して、アイロンもかけますから。父の服が洗濯機の上にありますから、それを着て下さい」

「いや。そこまで迷惑はかけられない」

 先生は言うが。

「お願いします、やらせてください。私がご迷惑をおかけしたんですから」

 忍は主張した。最後は先生も折れた。



 お姉ちゃんの部屋を借りて着替えをした。鏡も借りて、念入りに髪をなでつける。やっぱり、ひどい髪型だった。あんな姿で、先生と向かい合っていたなんて恥ずかしすぎる。

 階段を下りる前に、もう一度部屋を確認したが、お姉ちゃんたちはまだぐっすり眠っているようだった。

 お姉ちゃんも疲れたようだし、お酒も飲んでいたからかもしれないけど。いつ起こしたらいいのかなあ、と悩んでしまう。


 リビングに行って、お姉ちゃんたちが出しっぱなしのお酒とグラスを片付けて。テーブルを拭いてから、バスルームの扉をノックする。先生はもう、シャワーを浴びていた。

 脱ぎ捨ててあった服を洗濯機に入れる。下着も靴下も、どっちが先生のでどっちが北堀さんのだか、よく分からないけれど。あんまりまじまじと見るわけにもいかないし、とにかく洗濯機に入れてしまう。

 先生のワイシャツの、襟首と袖口がちょっと黒くなっていたから、洗面所で軽く手洗いをした。


「あー、雪ノ下忍」

 しばらくやっていたら、曇りガラスの向こうから声をかけられた。

「その。いつまでもそこにいられると、落ち着かん」

 そう言われて。はたと気付く。


 それはそうだ。忍だって、逆の立場だったら。

 裸になっている時に、扉の向こうに男の人がいつまでもいたら。それが先生でも、やっぱり落ち着かない。

「ご、ごめんなさい」

 漂白剤をしみこませ、洗濯機をスタートさせて、急いで洗い場を出た。

 恥ずかしさで引っくり返った頭のまま、キッチンに行って冷蔵庫を開ける。


 食パンをトースターに放り込み、ホットプレートを温めてベーコンを焼き、その間にありあわせのサラダを用意する。

 ベーコンがじゅうじゅう言い出した辺りで卵を二つ、ホットプレートに割りいれ、目玉焼きも一緒に作ってしまう。

 簡単だけれど、時間をかけずに出来るものはこんなところだ。

 お姉ちゃんたちはいつ起きて来るか分からないから。その時に用意すればいいや、と思いながら目玉焼きの焼け具合を見ていると。

 スマホが鳴った。メールの着信音。パパかママだろうか、と画面を見て。体が硬直する。

 彩名だった。


 その名前を見ただけで、忍は暗い気持ちになる。

 どうして、こんな日に。先生と一緒で、とても幸せな朝に。どうして、よりによって。

 見なかったことにしてしまおうか。そうも思う。

 LINEじゃない。既読もつかない。気が付かなかったことにすればいい。メールを開く必要なんてない。

 この前のように、厭な気分にさせられるだけなんだから。


 それでも。メールの件名が、無視することをためらわせる。

『私、死ぬから』

 そう書いてある。


 死ぬ。死体。死体は、昨日見た。

 死ぬなんて、冗談じゃなくて。

 あんな風になるってことで。

 軽い気持ちで言っていいことじゃない。


 迷ったが。

 結局、忍はメールを開けてみた。



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