5 影をほどく ~忍 -2-
しばらく二人で様子を見ていたが、お姉ちゃんも北堀さんも起きそうになかった。
「あの。朝ごはん作りましょうか」
忍は言った。
「そうだな」
先生は言った。
「あー、すまないがシャワーを貸してもらえるとありがたい。昨夜は入りそこなってしまったので」
え、と思ってから。
先生の言ったとおりなら、自分が引き止めてしまったからだと気がついて、忍は赤くなった。
「すみません。お風呂洗って来ます」
「いや、かまわない。どうせ北堀が使ったままだろう」
あれ、それじゃあ、お姉ちゃんも入らなかったのかな?
そう思ってから、急に。 自分が寝起きで、パジャマのままで、髪の毛もぐしゃぐしゃだろう、ということに気が付いた。
「わ、私、着替えてきます」
手で髪をなでつけながら。忍は慌てて言った。
洋服ダンスへ行く道は、お姉ちゃんと北堀さんが塞いでしまっている。
制服なら、昨日ベッドの脇にかけたから手に取れた。ブラウスは血に汚れて捨てるしかなかったけれど、代わりのブラウスと靴下は、部屋の入り口横の小さな抽斗に入っているし。
「あの、お風呂場は、自由に使って下さい。あと」
先生のワイシャツを見る。忍が、着替えもしていない先生を無理やり一緒に寝させてしまったから。服がしわだらけだ。
「洗濯して、アイロンもかけますから。父の服が洗濯機の上にありますから、それを着て下さい」
「いや。そこまで迷惑はかけられない」
先生は言うが。
「お願いします、やらせてください。私がご迷惑をおかけしたんですから」
忍は主張した。最後は先生も折れた。
お姉ちゃんの部屋を借りて着替えをした。鏡も借りて、念入りに髪をなでつける。やっぱり、ひどい髪型だった。あんな姿で、先生と向かい合っていたなんて恥ずかしすぎる。
階段を下りる前に、もう一度部屋を確認したが、お姉ちゃんたちはまだぐっすり眠っているようだった。
お姉ちゃんも疲れたようだし、お酒も飲んでいたからかもしれないけど。いつ起こしたらいいのかなあ、と悩んでしまう。
リビングに行って、お姉ちゃんたちが出しっぱなしのお酒とグラスを片付けて。テーブルを拭いてから、バスルームの扉をノックする。先生はもう、シャワーを浴びていた。
脱ぎ捨ててあった服を洗濯機に入れる。下着も靴下も、どっちが先生のでどっちが北堀さんのだか、よく分からないけれど。あんまりまじまじと見るわけにもいかないし、とにかく洗濯機に入れてしまう。
先生のワイシャツの、襟首と袖口がちょっと黒くなっていたから、洗面所で軽く手洗いをした。
「あー、雪ノ下忍」
しばらくやっていたら、曇りガラスの向こうから声をかけられた。
「その。いつまでもそこにいられると、落ち着かん」
そう言われて。はたと気付く。
それはそうだ。忍だって、逆の立場だったら。
裸になっている時に、扉の向こうに男の人がいつまでもいたら。それが先生でも、やっぱり落ち着かない。
「ご、ごめんなさい」
漂白剤をしみこませ、洗濯機をスタートさせて、急いで洗い場を出た。
恥ずかしさで引っくり返った頭のまま、キッチンに行って冷蔵庫を開ける。
食パンをトースターに放り込み、ホットプレートを温めてベーコンを焼き、その間にありあわせのサラダを用意する。
ベーコンがじゅうじゅう言い出した辺りで卵を二つ、ホットプレートに割りいれ、目玉焼きも一緒に作ってしまう。
簡単だけれど、時間をかけずに出来るものはこんなところだ。
お姉ちゃんたちはいつ起きて来るか分からないから。その時に用意すればいいや、と思いながら目玉焼きの焼け具合を見ていると。
スマホが鳴った。メールの着信音。パパかママだろうか、と画面を見て。体が硬直する。
彩名だった。
その名前を見ただけで、忍は暗い気持ちになる。
どうして、こんな日に。先生と一緒で、とても幸せな朝に。どうして、よりによって。
見なかったことにしてしまおうか。そうも思う。
LINEじゃない。既読もつかない。気が付かなかったことにすればいい。メールを開く必要なんてない。
この前のように、厭な気分にさせられるだけなんだから。
それでも。メールの件名が、無視することをためらわせる。
『私、死ぬから』
そう書いてある。
死ぬ。死体。死体は、昨日見た。
死ぬなんて、冗談じゃなくて。
あんな風になるってことで。
軽い気持ちで言っていいことじゃない。
迷ったが。
結局、忍はメールを開けてみた。




