5 影をほどく ~忍 -1-
目が覚めたら、周りはもう明るかった。ベッドの中でぼんやりと目を開ける。
見上げた目に映るのは、寮の二段ベッドの上の段ではない。
この白い天井は、家の自分の部屋。あれ、どうして家にいるんだろう? そう思った。まだ夢心地で、頭がぼんやりしている。
手を動かすと。指先が誰かの体に触れて、寄り添って寝ている人がいることに気付いた。少し狭いけど、とても温かい。
ママじゃない。女の人じゃない。パパでもない。パパはもっと、ぷよっとしている。
忍が顔を寄せているこの人の胸は、パパよりずっと薄くて。やわらかく背中に回してくれている腕も、細い。
この人は、誰? そう思って。昨日の出来事を思い出した。
駐車場で倒れていた、知らないお姉さまの死に顔や。手にベッタリと付いた、赤黒い血のこと。警察で長い時間、事情聴取を受けたこと。
そして。
家まで一緒に来てくれた十津見先生に、甘えて、傍にいてくれるように頼んで。先生は困った顔をしていたけど、結局、忍の願いを聞いてくれて。
不意に、心臓がドキドキし始める。じゃあ、この人は。十津見先生?
大好きな先生に、寄り添われて。一晩、いっしょに眠ってもらった。
そうだとしたら、それって。ものすごく、ものすごく。すごいことなんじゃないだろうか。
そっと顔を上げると、先生の寝顔が見えた。
いつも眼鏡をしている先生だけど、今はそれを外している。
先生は大人の人で。忍からは遠い人だけれど。
でも、眼鏡を外した先生の寝顔は、いつもと違って少しだけ子供っぽく、無防備に見えた。
「……む」
見ている内に、先生が少しだけ身じろぎし。目を開ける。
少し眉根を寄せて。
「雪ノ下、忍?」
と確かめるように言った。
「はい」
忍は慌ててうなずく。心臓が、ビックリするほどドキドキしている。
「お、おはようございます、十津見先生」
「うん」
先生はそう言って。もう一度目を閉じて。忍の肩を抱いているのとは反対の手で、眉間を軽く揉んで。
それから。もう一度目を開けて。まじまじと、忍の顔を見た。
「雪ノ下忍?」
「はい」
「ちょっと待て。ちょっと待てよ。あー」
考えるようにまた目を閉じた。ものすごく悩んでいるみたいに、眉間にしわを寄せている。
それから。
「ああ、そうか」
と、ホッとしたように呟いて。もう一度目を開けて、忍を見る。
「その、雪ノ下忍」
「はい」
「覚えていてくれることを祈るが。君が、その。私に一緒に寝てくれと」
「はい」
忍はうなずく。自分が無理を言ってお願いしたのだ。
「ありがとうございました」
お礼を言うと、先生はちょっと安心したような表情になった。
「あー、それでだな。君が眠ったら、私は出て行くつもりだったのだが。その、君が私を放してくれなくて」
「え?」
忍はびっくりした。まったく覚えていない。
「そ、そんなことしたんですか、私」
「したんだ」
先生はうなずいた。
「そのことはだな、君の姉が証人だ」
「お姉ちゃんが?」
忍は目を丸くする。お姉ちゃんは、リビングにいたはずだけれど。
「どうして、お姉ちゃんが?」
「いろいろあったんだ、君が眠った後」
先生は少し、渋い顔をする。
「ほら。そこで寝ている」
先生が指さす方向を見ようと、上体を起こすと。先生は忍の肩に置いたままだった手を、急いで引っ込めた。
忍はビックリした。
狭い部屋の、床が空いている部分に、お姉ちゃんの布団を持ち込んで。お姉ちゃんと北堀さんが、ぴったりと寄り添っていた。二人とも、ぐっすり眠っているようだ。
何だか、見てはいけないモノを見てしまった気がして。忍はあわてて、先生の顔に目を戻す。
やっぱり仲がいいんだ、お姉ちゃんと北堀さんは。
でも、お姉ちゃん。いくら仲が良くても、これはちょっと恥ずかしいよ。
十津見先生もいるところで、どうかと思う。
「あのう。どうして、あんなことになってるんでしょう?」
忍は聞いた。先生に叱られなかったのかな、と思う。
でも、北堀さんは大人だし、婚約もしているからいいのだろうか。
「その件については、説明しがたい。いろいろな意味で」
先生は歯切れ悪く言った。
「どうしても聞きたかったら、姉に直接確認しなさい」
「はい」
忍はうなずいた。
先生が説明できないなんて、どうしてだろう、とちょっと思ったが。でも、そう言われるのだから、きっと理由があるんだろうな、と思った。