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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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5 影をほどく ~忍 -1-

 目が覚めたら、周りはもう明るかった。ベッドの中でぼんやりと目を開ける。

 見上げた目に映るのは、寮の二段ベッドの上の段ではない。

 この白い天井は、家の自分の部屋。あれ、どうして家にいるんだろう? そう思った。まだ夢心地で、頭がぼんやりしている。


 手を動かすと。指先が誰かの体に触れて、寄り添って寝ている人がいることに気付いた。少し狭いけど、とても温かい。

 ママじゃない。女の人じゃない。パパでもない。パパはもっと、ぷよっとしている。

 忍が顔を寄せているこの人の胸は、パパよりずっと薄くて。やわらかく背中に回してくれている腕も、細い。


 この人は、誰? そう思って。昨日の出来事を思い出した。

 駐車場で倒れていた、知らないお姉さまの死に顔や。手にベッタリと付いた、赤黒い血のこと。警察で長い時間、事情聴取を受けたこと。

 そして。

 家まで一緒に来てくれた十津見先生に、甘えて、傍にいてくれるように頼んで。先生は困った顔をしていたけど、結局、忍の願いを聞いてくれて。


 不意に、心臓がドキドキし始める。じゃあ、この人は。十津見先生?

 大好きな先生に、寄り添われて。一晩、いっしょに眠ってもらった。

 そうだとしたら、それって。ものすごく、ものすごく。すごいことなんじゃないだろうか。


 そっと顔を上げると、先生の寝顔が見えた。

 いつも眼鏡をしている先生だけど、今はそれを外している。


 先生は大人の人で。忍からは遠い人だけれど。

 でも、眼鏡を外した先生の寝顔は、いつもと違って少しだけ子供っぽく、無防備に見えた。

「……む」

 見ている内に、先生が少しだけ身じろぎし。目を開ける。

 少し眉根を寄せて。

「雪ノ下、忍?」

 と確かめるように言った。


「はい」

 忍は慌ててうなずく。心臓が、ビックリするほどドキドキしている。

「お、おはようございます、十津見先生」

「うん」

 先生はそう言って。もう一度目を閉じて。忍の肩を抱いているのとは反対の手で、眉間を軽く揉んで。


 それから。もう一度目を開けて。まじまじと、忍の顔を見た。

「雪ノ下忍?」

「はい」

「ちょっと待て。ちょっと待てよ。あー」

 考えるようにまた目を閉じた。ものすごく悩んでいるみたいに、眉間にしわを寄せている。

 それから。

「ああ、そうか」

 と、ホッとしたように呟いて。もう一度目を開けて、忍を見る。


「その、雪ノ下忍」

「はい」

「覚えていてくれることを祈るが。君が、その。私に一緒に寝てくれと」

「はい」

 忍はうなずく。自分が無理を言ってお願いしたのだ。

「ありがとうございました」

 お礼を言うと、先生はちょっと安心したような表情になった。


「あー、それでだな。君が眠ったら、私は出て行くつもりだったのだが。その、君が私を放してくれなくて」

「え?」

 忍はびっくりした。まったく覚えていない。

「そ、そんなことしたんですか、私」

「したんだ」

 先生はうなずいた。


「そのことはだな、君の姉が証人だ」

「お姉ちゃんが?」

 忍は目を丸くする。お姉ちゃんは、リビングにいたはずだけれど。

「どうして、お姉ちゃんが?」

「いろいろあったんだ、君が眠った後」

 先生は少し、渋い顔をする。

「ほら。そこで寝ている」

 先生が指さす方向を見ようと、上体を起こすと。先生は忍の肩に置いたままだった手を、急いで引っ込めた。


 忍はビックリした。

 狭い部屋の、床が空いている部分に、お姉ちゃんの布団を持ち込んで。お姉ちゃんと北堀さんが、ぴったりと寄り添っていた。二人とも、ぐっすり眠っているようだ。

 何だか、見てはいけないモノを見てしまった気がして。忍はあわてて、先生の顔に目を戻す。


 やっぱり仲がいいんだ、お姉ちゃんと北堀さんは。

 でも、お姉ちゃん。いくら仲が良くても、これはちょっと恥ずかしいよ。

 十津見先生もいるところで、どうかと思う。


「あのう。どうして、あんなことになってるんでしょう?」

 忍は聞いた。先生に叱られなかったのかな、と思う。

 でも、北堀さんは大人だし、婚約もしているからいいのだろうか。


「その件については、説明しがたい。いろいろな意味で」

 先生は歯切れ悪く言った。

「どうしても聞きたかったら、姉に直接確認しなさい」

「はい」

 忍はうなずいた。


 先生が説明できないなんて、どうしてだろう、とちょっと思ったが。でも、そう言われるのだから、きっと理由があるんだろうな、と思った。



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