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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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4 オオカミさんには気を付けて ~千草 -3-

「ということだそうですよ、千草さん。良かったですね」

 克己さんは私の顔を見てにこやかに笑った。いや、意味が分からないし。

「じゃあ、布団を持って来て一緒に寝ましょう。これで全員平和です」

「一緒にって」

 誰と誰が。

「僕たちは夫婦だから問題ないですね」

 誰と誰が?!


「北堀。お前は結婚と婚約の違いを理解しろ」

 うなるように言う変態と。

「同じようなものじゃないか」

 あっさりと答える変態。

「違う」

「どこが違うんだ」

 変態どうしの会話を聞いているとクラクラしてくる。

 誰か助けて。男はみんなオオカミって、昔から伝わる伝説は本当だったのね。


「千草さん。どうかしましたか?」

 そんな私の様子に気付いて、克己さんが尋ねた。チャンス。私は急いで、話の流れを変えようとした。

「あのう。やっぱりマズイと思うんです。私たちはそれぞれ自分の部屋で眠りますから、克己さんと先生は応接間へ」

 それがあるべき姿だ、うん。

「イヤです。つまらないじゃないですか」

 私の常識的な提案は、一瞬で却下された。

「僕もかわいい女の子と寄り添って眠りたいです」

 ストレートすぎる。

 この野獣、どうにかして。


「バカバカしい。応接間に行くぞ」

 ロリコンな方の野獣はベッドから降りようとしたが、忍がまだしがみついている。忍ちゃーん。お姉ちゃん、いい加減怒るよ。

「君ばっかり楽しい思いをして、逃げる気か。ズルいぞ」

 ストレートな方の野獣が何か言ってるが。そういう問題じゃない。


「別に楽しんでいない」

「嘘をつくな。そんな状況、楽しいに決まっているじゃないか」

 会話がおかしいよ。ひい、本当にどうすればいいの。

「千草さん」

 と。こちらを振り向いた私の婚約者であるところの野獣が。

「僕が、怖いですか?」

 そう言って、笑った。


 何だか子供扱いされた気がして。

「怖くなんかありません」

 反射的に、そう言い返してしまう。

 それを聞いて。野獣は満足そうにうなずいた。

「じゃあ、やっぱり、何の問題もありませんね」


 あああ、私の莫迦。今の、『怖いです』と言うべきところだった。

 どうしてこう、挑戦されると受けてしまうのかなあ、もう。この癖、本気で直さないとダメだ。

 しかし。後悔は先に立たない。今の一言で結局、この部屋で四人で夜を明かす流れになってしまった。


 おい、十津見。かわいい教え子が危険に陥ってますよ! アンタ、こういう時のためにここに泊まりこんでるんじゃないの? 

 と思ってチラリと見ると。薄笑い浮かべてやがりますよ、この変態教師。

「ずいぶんと大胆だな、雪ノ下千草。まあ今夜は大目に見てやろう」

 何で上から目線かな、コイツは。

「ああ。何か聞こえて来ても私は眠っているだろうから気にしないぞ」

 そしてゲスだな!

 本当、学校ではあれでも猫をかぶっていたのね。実体はこんな男。忍、だまされてるよ! アンタ、絶対だまされてるよ!


「まあ、先生」

 私はニッコリ笑って。こちらからも反撃してやる。

「今の先生からそんなお言葉をいただくとは思っていなかったので、驚きました。ところでご存知ですか? 女の子同士の噂って、すぐに広まりますのよ。特にみんな、恋愛絡みの噂は大好き」

 力いっぱい悪意を込めて。付け加える。


「今夜のことがもし、百花園で噂になったらどうなってしまうのでしょう。私、怖いわ」

 とか。可愛い身振りをつけて言ってみたり。

 もちろん、翻訳すると。

『ふざけたこと言ってると、学校で噂バラまくぞ、この変態教師』

 という意味である。


 それがすぐに通じたらしく。変態教師は渋い顔をする。

「分かった。今夜のことはお互い忘れる、ということで手を打とう」

 いやいや。それで済むと思うなよ。

「それだけですか?」

 笑顔で言う。

 万一、噂が流れた場合、未成年十八歳以下の私たち姉妹より、責任ある年齢のオオカミチームの方が社会的制裁は強いのである。

 

 ロリコン教師はますます不機嫌な表情になって、

「君の飲酒の件も忘れよう。証拠は自分で隠滅しておけ。そこまでは面倒を看られん」

 と、忌々しげに言った。

 不本意なのが自分ひとりだと思うなよ。私だって、アンタの狼藉をその程度のことで手打ちにするのは面白くないのである。


 まあ、しかしそういうわけで。

 男女四人が、一部屋で。二組に分かれてそれぞれひとつの布団で同衾するという、風紀上大変好ましくない状態になった。

 何ですかコレ。本当に、何がどうしてこうなった。


 うら若き乙女がこんなことしていいのだろうか。いや、多分良くない。

 せめて、こちらチームは布団二組にしたかったのだが、克己さんがひとつお布団にこだわるし。

 ああ。さっきは克己さんは私を襲わないみたいなことを言っていたけれど、神様、本当に信じていいのでしょうか。これ、何かあってもおかしくない状況、というヤツだよね。


「ああ、いい匂いがしますね。やっぱり女の子はいいなあ」

 とか言って、私のすぐ横に入ってくる克己さん。

 いや、私シャワー入りそこなったから臭いんじゃあ。一応、パジャマには部屋で着替えて来たけど。

 克己さんは。パパのパジャマを着て、うちのシャワーに入って。うちの匂いがするのに、どこかでよその人の匂いもする。


 そのことに、何だか。ひどく、ドキドキする。

 私は、改めて。こんなにこの人に近付いたのは、今夜が初めてなのだということに気が付いた。



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