4 オオカミさんには気を付けて ~千草 -1-
忍と十津見が二階に上がってしまった後。一人でぼーっとネットニュースを見る。事件のことはまだ報道されていない。
十二時間経っていないんだ。そう思うと、やはり苦い。一日前には、薫は生きていた。
あー。もうちょっと酒飲みたい。と思っていたところに、克己さんがバスルームから出て来た。今度はちゃんと服を着ている。
パパのスウェットを、克己さんが着ているのは何だかすごく不思議な感じだ。
「さっぱりしました。千草さん、入りますか?」
「ああ、十津見先生をお先に」
一応、お客さんだからね。
「彼は?」
克己さんが部屋を見回す。私は何となく、天井を見上げた。
「あの。妹と話を」
それにしても、結構時間が経っているな。すぐに話を終わらせるようなことを言っていたのに。
うーん。のぞきに行くのもさすがにどうかと思ったけど。そろそろいいよね? やはりですね、丑三つ時の女子中学生の部屋に、よその男性がいるのはよろしくないと思うのですよ!
「ちょっと声をかけてきます」
私は立ち上がった。
あー。お酒、回ってるのかなあ。ちょっとクラクラする。
階段をのぼる。二階は、私の部屋、両親の部屋、妹の部屋、それと小さな物置だ。
忍の部屋のドアをノックする。
「忍? 十津見先生?」
声をかける。
「お風呂、空きましたけど。もう話は終わりました?」
返事がない。
ただ。中で、ゴソっと音がしたような?
むむむ、これは。女子寮生活五年半で、鍛え上げられた私の内部のセンサーが警戒音を発していますよ?
今は、間違いなく。踏み込むべきタイミング!
「開けますよ」
声をかけると。
「ちょっと待ちなさい」
という、十津見の慌てた声がしたが。それがセンサーの針を警戒域に跳ね上げた。
ダメです。待ちません。
私は勢いよくドアを開けた。
中は暗かった。と、それだけで。もう十分にアウトなのだが、素早く灯りをつけた私の見た光景は。覚悟を持って入ったにもかかわらず、ほろ酔いの私に眩暈を起こさせるのに十分なものだった。想像するのと、実際に目で見るのでは衝撃度がまた別なのである。
ピンクの可愛いベッドカバーのかかった妹のベッド。
そこに何だか。妙にでっかい『異物』が……。
「先生?」
自分でも。ビックリするほど冷たい声が出た。
「そこで何をなさってるんですか?」
変に冷静なのが。自分でも、逆にコワイ。
「待ちなさい。落ち着きなさい、雪ノ下千草」
妹のベッドに横たわる狼藉者は。いつになく早口でそう言った。さすがにこの状況に焦っているらしい。結構。開き直られても困るというものである。
「これは君の今考えているような状況ではない。そこのところをよく飲みこんでほしい」
とか言っておりますが。それを私は、軽く眉を上げただけで流した。
「それでは、他にどう解釈しろと?」
「落ち着いて聞け」
と、相手は言う。私は落ち着いてます。落ち着いてないのはアンタ。
「これはだな。君の妹から、眠るまで私にここにいてほしいと頼まれて」
「まああああああああ」
ものすごく、雄弁な『まあ』が自分の口から出た。
「私の妹が。自分で。図々しくも。そんなはしたないことを。先生にお願いした。って、おっしゃるんですか」
私の皮肉に。食いつくようにうなずくケダモノ。
「そういうことだ」
「先生?」
私は笑顔で言った。
「失礼ですが、そういうのを『盗人猛々しい』と言うのではないでしょうか」
「盗人とは何だ」
向こうもその言葉に反応する。
「言葉に気を付けなさい。失礼だぞ、雪ノ下千草」
「残念ですが。今の先生には、そういうことをおっしゃる資格は微塵もございません」
私はキッパリと言った。さすがにそれにはぐうの音も出ないのか。相手は黙り込む。
ところで。うちの妹はどうしてるんだ。
「あの。忍は?」
と尋ねると。
「さっき眠ったところだ」
という返事。
「だからだな、ちょうど引き上げようとしていたところで」
言い訳は聞かん。
私は部屋の真ん中まで進み入り、今まで十津見が邪魔で見えなかった妹を、のぞける位置まで移動する。
妹は、変態の横でぐっすりと気持ちよさそうに眠っていた。腕枕とかされて、子猫のように寄り添っている。
なるほど、私の声がしてすぐに逃走できなかったのはこういうわけね。
「着衣の乱れはないようですね」
子細に観察してから私は言った。
「当たり前だ!」
吠えたてておりますが。何を言っても無駄です。痴漢行為なら着衣のままでも出来る。
「私、大変残念です」
私は感情をこめて言った。
「今まで尊敬してまいりました先生がこんな方だったなんて。本当にショックです」
「皮肉は要らん」
女子中学生に添い寝したままの変質者は口許を歪めて言った。
「君の心底くらい承知している。教師を尊敬するような殊勝な心根は持ち合わせていないだろう。何だったかな、確か君の通り名は」
厭な薄笑い。
「百花園の魔女、だったな」