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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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3 受け継いだもの ~忍 -4-

「今日はいろいろなことがあったので」

 忍は言った。

 目をつぶると、あのお姉さまの死に顔がまぶたの裏に蘇る。


 怖かった。死体や、血が怖かったのではなく。

 生きた人間だったはずのモノが、もう動かないただのモノになってしまっていることが。

 死とはそういうものなのだと黙って語っていることが。

 これからの対決で、失敗すれば自分もああなってしまうことが。

 身震いするほど怖かった。


「震えているのか」

 先生が言った。それから、ため息をついて呟くように言った。

「君はいつも泣いているか、泣きそうな顔をしているかのどちらかだな」


「そ、そうでしょうか」

 忍は赤くなる。それじゃまるで小さな子供みたいだ。すごく恥ずかしい。

 先生はうなずいた。

「私と二人の時はたいていそうだ」

 そうだったろうか。そう言えば、そうだったかもしれない。

 特に最近は、先生の胸で泣くことが本当に多くて……。

「も、申し訳ありません」

 忍は小さな声で言った。耳まで熱い。


「その、だな」

 先生はもう一度咳ばらいをした。

「不安なら君の姉さんに一緒に寝てもらうといい。呼んで来よう」

「でも、お姉ちゃんは」

 言いかけて忍は下を向く。

 今日はお姉ちゃんといろいろ話をして。お姉ちゃんも忍を信じると言ってくれて。それはとってもとっても嬉しくて。

 ずっと憧れていたお姉ちゃんにちょっとだけ近付けた気がしたのだけれど。


 でもお姉ちゃんもきっと今日は忍の世話をするよりも、大事な人に甘えたいんだろう。

 北堀さんと一緒にいた時のお姉ちゃんの姿を思い出す。あの人の前だとお姉ちゃんは素直になれるんだろうな、甘えられるんだろうな、と思った。


 殺されたお姉さまは、忍には知らない人だったけれど。

 お姉ちゃんにとっては大切な後輩だった。今夜はきっと、自分よりお姉ちゃんの方が辛い。

 

「大丈夫です。一人で寝られます」

 そう言って忍は笑顔を作った。

 もう、泣いてばかりだなんて言われないように。これからはなるべく笑っているところを見せなきゃいけないなと思った。

「話を聞いていただいて、ありがとうございました。おやすみなさい」

 頭を下げる。


 頭を上げると先生はまだそこにいて、忍を見下ろしていた。

 そして三回目の咳ばらいをした。

「十分間だ」

 先生はそう言った。

「十分間で寝なさい。それ以上はダメだ。それを過ぎたら、私は部屋を出て行くからな」

 忍は目を丸くする。

「あの、先生」

「余計なことを言っている暇があったら早く寝たまえ」

 先生はそう言ってジロリと忍をにらんだ。


 忍は慌ててベッドに飛び込む。その横に先生が腰を下ろした。

 毛布を引っ張りながら、忍はそれを布団の中から見る。

「……どうした」

 先生の眉が上がる。

「眠る気があるなら眼を閉じなさい。私の顔を眺めていても眠れないぞ」


「はい、でも、あの」

 忍は小さい声で言う。こんなことを言ったら贅沢すぎるかもしれないけど、でも。

「これだと、あの……。先生の背中しか見えないので」

 というか先生のお尻が顔の近くにあって、何だか眠るのも落ち着かない感じというか。


「君は注文が多いな!」

 先生は呆れたように言った。忍はあわてて毛布を顔まで引き上げる。

「ご、ごめんなさい。ワガママ言ってすみませんでした。寝ます」

 しかしそれを聞くと先生はとても苦々しげな顔になった。


「その、だな。出来ることがあったらやると私が言ったんだ。希望を言うなと言っているわけではない。結局、君は私にどうして欲しいんだ」

「あ、あの」

 忍は困ってしまった。どうしてほしいかと言ったら。


「あの……」

 言いにくい。ここまでで充分、図々しいことを言ってしまったし。

 先生は忍をギロリとにらんだ。

「いいからさっさと言いなさい。ぐずぐずしている間にどんどん時間を無駄にしているぞ。ハッキリ頼まれなければ断ることも出来ないだろう」

 そう言われて忍は慌てて言った。

「あの、一緒に寝てもらえませんか……!」

 

 沈黙が落ちる。

 とても恥ずかしい。

「あの……眠るまででいいので」

 やはり沈黙。


 やっぱり図々しかっただろうか。いや、そうなのだろう。

 座ってもらっているだけじゃイヤだなんてワガママすぎる。

「ごめんなさい……そのままでいいので」

 早く眠ろうと毛布をもう一度引き寄せる。

 それと、先生が上着を脱いでベッドの端にかけるのが同時だった。


「十分間だからな」

 先生は、忍の顔を見ないで不機嫌そうに言った。

「それ以上は一秒もこの部屋にいないぞ」

 長い足が寝台の上に乗り、先生の顔がすぐ傍に近付く。


「あ……ありがとうございます」

 ドキドキしながら忍はお礼を言った。

「あの、毛布は」

「いらん。すぐに下に戻るのだから必要ない。そんなことを言っている暇があったらさっさと寝なさい。それと」

 早口に言ってから、先生は少し口ごもって付け加えた。

「あー、あんまりこっちに寄らないように。しがみつかれても困るからな」

「は、はい!」

 忍は全力でうなずいた。これ以上迷惑はかけられない。


「厭なことは眠って忘れなさい。その、君が寝るまで……」

 ここにいるから。

 優しい声がそうささやく。


 眠りにつく時に誰かが傍にいてくれる。

 そんな感覚はずっと幼い時以来だ。 


 あの駐車場で見たものが持って来た畏れも恐怖も。

 あの黒いものがどれだけ強くても。

 この温かさを覚えていれば、はねのけられる。

 そう思いながら、忍はゆっくりと眠りに落ちていった。


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