3 受け継いだもの ~忍 -2-
「ああ。それだけか」
先生は居心地が悪そうに目をそらした。
「それなら、もう眠りなさい。君は疲れている。早く休んだ方がいい」
出て行こうとするのを忍は止めた。
「先生。お姉ちゃん、泣いてました」
低く言う。先生は意外そうに振り返った。
「雪ノ下千草が?」
忍は黙ってうなずく。
「殺されたお姉さま、桜花寮の方だったんですよね」
「浦上薫か」
先生も沈んだ表情になった。
「そうだな」
「お姉ちゃん、優しい人だから。きっと責任を感じているのだと思います」
先生は自嘲するように嗤う。
「彼女のせいではない」
「はい。お姉ちゃんのせいじゃありません」
忍は言った。
「責任があるのは、私です」
先生は眉をひそめた。
「それはどういうことかな」
「初めから、私がやらなくちゃいけなかったんです」
忍は苦い気持ちで言う。
そもそもの初めから、忍だけがあの黒い影を見ることが出来た。
忍だけが相手を見極め、百花園で起こっていることの真相に近付く手段を持っていたのだ。
先生も忍もそれが分かっていた。だから先生は忍に何か分かったら教えるように言ったし、忍も一度は了承したが。
「私は怯えて逃げて、義務を果たしませんでした。だから、これは全部私のせいなんです」
先生は言った。君は悪を容認するのか、と。
忍は返事が出来ないまま逃げた。答えを出すのを恐れて逃げ続けた。
けれど最初から、本当に最初から。目に見えるものにしっかりと向かい合って相手を見据えていたら。
今日の事件も。穂乃花お姉さまのことも。小林さんのことも。
解決できていたのかもしれない。
「分からないな。義務とはどういう意味だ。君がそこまで責任を感じる必要もないはずだが。責任を取るべきは、私たち大人だ」
忍は首を横に振った。
力の使い方を教えてくれた時、お祖母ちゃんは何と言っていたのか。
『これは自分の愛する場所、愛する人たち、生きる場所を守るため、昔々から伝えられてきた秘法なんだ。だからお前は力をそのために使わなくてはならないよ』
自分だけのために使ったら、それは術を穢し術者も穢す。
そんなことも言われて、その時は怖いなとしか思わなかったのだが。
今夜、やっと分かった。術を継承することは、責任を継承すること。
その力で自分の周りの人を守る。それが忍が負った義務なのだ。
あの日。小林さんが殺された日にお祖母ちゃんから来たメール。
『なすべきことをしなさい』
それを忍は自分を清めることとだけ解釈したのだが。
お祖母ちゃんはもっと違うことを言いたかったのではないかと今は思う。
自分の為すべきことをしろと。自分の受け継いだ力で自分の世界を守れと。
そういうことだったのではないか。
それなのに自分は逃げた。もっとちゃんと向かい合っていれば、あんなことになる前に元凶にたどり着けたかもしれないのに。
今さら気付いてもあまりにも遅すぎる。もう三人もの人に刃が振り下ろされた。
それでも。今からでも。
「先生。私が元凶を追い詰めます」
忍は言った。
「そして祓ってみせます」
「はらう?」
先生は怪訝そうな顔をした。それから。
「バカバカしい。悪霊か何かを相手にしているつもりか? この事件の犯人は人間だ。君がどんな種類の力を持っているのかは知らないが、そんなものは役に立たない。くだらない考えは捨てなさい」
不機嫌そうに言った。
「いいえ」
忍は首を横に振る。ハッキリと言う。
「事件の元凶は私が追いつめられる相手だし、私が相対さなければならない相手です」




