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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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3 受け継いだもの ~忍 -1-

 お姉ちゃんを慰めていたら、逆に先生のことをツッコまれて。ドギマギしていたところに、当の先生がバスルームから戻って来た。北堀さんとだいぶ言い合ったらしく、まだ不機嫌そうにしている。

 忍は慌てて立ち上がった。先生のいるところで、お姉ちゃんがさっきみたいなことを言い出したら、と思うと。

 恥ずかしくて、もう先生の顔が見られなくなる。


「じゃあ。私、もう寝るね。お姉ちゃんは?」

「お客様の後でシャワーに入るわ」

 当たり前のようにそう言う。忍は、自分だけがさっさとシャワーを浴びてしまったことが恥ずかしくなった。お姉ちゃんはちゃんと、家の人間としてお客さんをもてなすことを考えているのに。

「ごめん。私、何も考えないで、先に」

「いいのよ」

 お姉ちゃんは微笑った。

「私が入れ、って言ったんだし。アンタは今日、大変だったから、早く寝ること。ね?」

 お姉ちゃんの笑顔は。とても明るくて、眩しいと思う。そんな堂々としたお姉ちゃんが。忍は本当に、大好きだ。


「十津見先生。何かお飲みになりますか」

 お姉ちゃんは立ち上がった。

「雪ノ下千草。言っておくが、自宅であっても飲酒は法律違反だし、校則違反でもある」

 先生が厳しい声で言った。

 お姉ちゃんが一瞬、ものすごく渋い顔をした。


 お姉ちゃん、今夜はつい、北堀さんとお酒を飲んでしまったみたいだが。

 それは、同じ寮のあのお姉さまが、あんな風に殺されたことがショックだったからで。大目に見てあげてほしいなあ、と思うが。

 先生の言うことも正論なので、かばうことも出来ない。


「申し訳ありませんでした。晒し場……じゃない、掲示板に貼り出しですね。覚悟しています」

 というお姉ちゃん。先生は冷笑した。

「もちろん、君のお母さんが帰ってきたらこのことは報告させてもらう」

 ますます渋い顔になるお姉ちゃん。ママ、怒るかなあ。


「それだけでは済まん。学校が再開したら、原稿用紙五枚分の反省文を提出したまえ」

 更に厳しく言う先生。

「はい。申し訳ありませんでした。大変反省しております」

 と。とても平坦な声であやまるお姉ちゃん。

「飲み物の心配は無用だ。他人の家に上がって酒を出せと要求するような厚顔さは持ち合わせていない。自分で買ってきたから、気にしないように」

 先生は手に持っていたコンビニの袋を振る。酒を出せと要求する人……というのは、北堀さんのことだろうか、やっぱり。


「あの。先生」

 忍は、そっと。先生の上着を引っ張った。 

「少しだけ、私の部屋に来てもらえませんか?」

 これ以上、お姉ちゃんと先生を一緒にしておくと喧嘩になりそうだし。

 忍のいないところで、お姉ちゃんが先生に忍の気持ちを話したりしたら、と思うと、とても安心していられない。


「忍。ダメよ」

 お姉ちゃんが眉を吊り上げる。

「夜中に男の人を部屋に入れるなんてダメ。それに、先生にも迷惑でしょう。何か用があるなら私が行く」

 と言うのだけれど。困った。忍は、先生と話がしたいのだ。

「あの。お話ししたいことがあるんですが、ダメですか?」

 先生の顔を見上げて、聞いてみる。


 先生はちょっと困った顔をしたが。

「重大な要件か?」

 と確認した。忍はうなずく。先生は仕方なさそうにため息をついた。

「少しだけなら。君の姉の言うとおり、夜も遅い。話は短くしてくれ」

 忍はもう一度、うなずいた。


 細い階段をのぼって、二階に行く。

 部屋は、ちゃんと片付けてあったかな、なんて急に心配になる。壁紙もベッドカバーも、子供っぽいから恥ずかしいけれど。家の中だと、他に二人で話せるところがない。お姉ちゃんには聞かれたくなかった。

「どうぞ」

 部屋のドアを開けて、明かりをつけて、先生を招き入れる。


 座るところがないな、と思う。ベッドと、勉強机しかない小さな部屋だ。後は本棚と洋服ダンスがあるだけ。

「あの。ここへどうぞ」

 ベッドに腰掛けて。隣りを指すと。先生はとても困った顔をした。

「いや。やめておこう。すぐ終わる話ならこのままでいい」

 と言われたが。先生が立ったままなのに、忍だけ座っているのもおかしい。結局、忍ももう一度立ち上がった。


「先生。今日はご迷惑をおかけしました」

 忍は、まず。そう言って、深く頭を下げた。

 先生の顔が厳しくなる。

「確認しておくが。君がやったのではないな?」

「違います」

「そうか」

 先生はホッとしたように。

「なら、それでいい」

 と言った。


 どうして、それだけで信じてくれるんだろうな。忍はそう思う。

 あの時。倒れて動かない、妖精の恰好のお姉さまを抱き上げようとして。血に汚れた手をして、突っ立っていた私を見て。

 お姉ちゃんだって、きっと忍を疑った。警察の人にも、ずいぶん長くいろいろ聞かれた。


 でも。先生は違った。

 最初から。何も考えられずに突っ立っていた忍を、何も言わずに抱きしめてくれて。

 それだけで、忍は自分を取り戻せた。


 警察でも、無理を言って途中から忍の取り調べに同席してくれて。

 刑事さんたちの言葉が荒くなったり、声が大きくなったりすると。

 乱暴にするな、と。犯人だと決めつけるな、と。かばってくれた。


 今のは、ただ確認しただけ。自分はやっていない、と。忍の口からハッキリ聞いて、けじめをつけただけ。

 それだけのことだ。


「先生。ありがとうございました」

 もう一度、忍は頭を下げる。

「先生のおかげで、私、頑張れました」

 信じてくれる人がいるのは。味方になってくれる人がいるのは。本当に、涙が出るほど嬉しい。

 先生はいつだって、忍にとってそういう人なのだ。



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