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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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2 スラップスティック・ナイト ~千草 -4-

 それは。何も出来なかったことを認めろと。無力だった自分には、悼むことさえ許されぬのだと。

 私を断罪する、厳しい言葉。


 その時初めて。この人は、とても厳しい人なのだと思った。

 こんなに強く自分を律している彼は、きっととても強い心を持っているのだろうと思った。

 今まで会ったこともないほど。強くて自分に厳しい人。


 だけど。

「私は……。そんなに強く、ありません」

 下を向いて、そう呟く。


「そうですか?」

 それなのに。彼はいつもの穏やかな笑顔で。優しくそう言う。

「僕には、そうは思えないけどなあ」


 ああ、もう。そんな笑顔で人の退路を断つなと言いたい。

 私にだって、もう分っている。

 

 薫を救えなかった私。目の前にあった差し伸べられた手を、捉えることが出来なかった私。そんな罪深い私には。彼女を悼んで泣くことも許されない。

 それが私に架けられた、戒めの十字架。私はこの罪と共に生きていくしかない。

 そして。泣くことすらできないのなら。後はもう、笑うしかないではないか。


 それにしても。

「もう少し、甘やかしてくれてもいいと思います」

 私は。ムスッとして言う。こちらはまだ。世間の荒波に揉まれたことのない、か弱い少女なのだから。

「そうですか? 必要ないと思いました」

 何を根拠に。

「だって、あなたは強い人でしょう?」


 ああ。いつもいつも、どうしてこの人は。こうも、私に対して挑戦してくるかなあ!

 そういうことを言われてしまったら。私は、引き下がれない女なんだってば!


「まるで鬼女じゃないですか。失礼です」

 だから。なけなしの元気を取り繕って、そんな風に彼を上目づかいに睨んでみたりする。

「鬼じゃないですよ。せいぜい駻馬です」

「誰がじゃじゃ馬ですか」

「分かりましたか。よく勉強なさってますね」


 ふざけてる。本当にそう思うけれど。この強い人の傍でなら。私は、崩れずに強気なフリをしていられる。

 架せられた荷がいかに重くても。平気な顔をして、堂々と歩いていける気がする。


 そんなの、ただの強がりで。ただの見栄かもしれないけれど。

 弱い私は、恰好くらいつけていたいのだ。

 それが私という女。きっとそうなのだろう。


 泣けないのなら。笑ってみよう。

 薫を死に追いやった、私の罪を背負い続けて。この人生を続けよう。


「もっとお茶を飲みますか?」

「いただけるなら、酒の方がいいです」

「どれがいいのか分かりません」

「そこの棚にあるスコッチを下さい、よろしければですが」


 何だか分からないが。言われた酒を持って来る。パパのだけど、いいや別に。どうせ当分帰って来ないんだし。

 開け方が分からなかったが、そこは飲みたがっている人に開けてもらった。

 グラスを出してくる。二人分。


「僕はグラスが一つあれば十分ですよ」

「私の分です」

「未成年は飲酒できないんじゃなかったかな」

「飲みたい気分なんです」

 私は言った。

 こんな日くらいは。飲んでもバチは当たらない気はする。いや、神様は許しても法律は許さないかもしれないが。


「なるほど」

 克己さんはそう言って。グラスに一センチだけ、琥珀色の液体を注いでくれる。

「初めてなら、このくらいにしておきなさい」

 と言った。融通が利く、という点でこの人より有り難い人はいないな、と思った。


「乾杯しますか?」

 グラスを持ち上げ、聞いてみる。克己さんは首を横に振った。

「人生の先輩として教えておきますが。やけ酒というのはにぎやかにやるものではありません。みじめな気分をゆっくりと噛みしめて、流し込むのが作法です」

「そうですか」

 そういうモノかな、と思った。この人がそう言うなら、きっとそうなんだろう。

 確かに。笑いや冗談に紛らしてしまっては、薫の人生に失礼だ。


「じゃあ、思いっきりみじめにいきましょう」

「そうしてください。僕もそうします」

 そうやって、初めて喉に流し込んだお酒は。焼けるようで、とても苦かった。


 私はきっと。この夜を、一生忘れない。

 腹の底から笑う日も。涙を流してうつむく日も。いつもこの夜のことを思い出すだろう。


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