2 スラップスティック・ナイト ~千草 -4-
それは。何も出来なかったことを認めろと。無力だった自分には、悼むことさえ許されぬのだと。
私を断罪する、厳しい言葉。
その時初めて。この人は、とても厳しい人なのだと思った。
こんなに強く自分を律している彼は、きっととても強い心を持っているのだろうと思った。
今まで会ったこともないほど。強くて自分に厳しい人。
だけど。
「私は……。そんなに強く、ありません」
下を向いて、そう呟く。
「そうですか?」
それなのに。彼はいつもの穏やかな笑顔で。優しくそう言う。
「僕には、そうは思えないけどなあ」
ああ、もう。そんな笑顔で人の退路を断つなと言いたい。
私にだって、もう分っている。
薫を救えなかった私。目の前にあった差し伸べられた手を、捉えることが出来なかった私。そんな罪深い私には。彼女を悼んで泣くことも許されない。
それが私に架けられた、戒めの十字架。私はこの罪と共に生きていくしかない。
そして。泣くことすらできないのなら。後はもう、笑うしかないではないか。
それにしても。
「もう少し、甘やかしてくれてもいいと思います」
私は。ムスッとして言う。こちらはまだ。世間の荒波に揉まれたことのない、か弱い少女なのだから。
「そうですか? 必要ないと思いました」
何を根拠に。
「だって、あなたは強い人でしょう?」
ああ。いつもいつも、どうしてこの人は。こうも、私に対して挑戦してくるかなあ!
そういうことを言われてしまったら。私は、引き下がれない女なんだってば!
「まるで鬼女じゃないですか。失礼です」
だから。なけなしの元気を取り繕って、そんな風に彼を上目づかいに睨んでみたりする。
「鬼じゃないですよ。せいぜい駻馬です」
「誰がじゃじゃ馬ですか」
「分かりましたか。よく勉強なさってますね」
ふざけてる。本当にそう思うけれど。この強い人の傍でなら。私は、崩れずに強気なフリをしていられる。
架せられた荷がいかに重くても。平気な顔をして、堂々と歩いていける気がする。
そんなの、ただの強がりで。ただの見栄かもしれないけれど。
弱い私は、恰好くらいつけていたいのだ。
それが私という女。きっとそうなのだろう。
泣けないのなら。笑ってみよう。
薫を死に追いやった、私の罪を背負い続けて。この人生を続けよう。
「もっとお茶を飲みますか?」
「いただけるなら、酒の方がいいです」
「どれがいいのか分かりません」
「そこの棚にあるスコッチを下さい、よろしければですが」
何だか分からないが。言われた酒を持って来る。パパのだけど、いいや別に。どうせ当分帰って来ないんだし。
開け方が分からなかったが、そこは飲みたがっている人に開けてもらった。
グラスを出してくる。二人分。
「僕はグラスが一つあれば十分ですよ」
「私の分です」
「未成年は飲酒できないんじゃなかったかな」
「飲みたい気分なんです」
私は言った。
こんな日くらいは。飲んでもバチは当たらない気はする。いや、神様は許しても法律は許さないかもしれないが。
「なるほど」
克己さんはそう言って。グラスに一センチだけ、琥珀色の液体を注いでくれる。
「初めてなら、このくらいにしておきなさい」
と言った。融通が利く、という点でこの人より有り難い人はいないな、と思った。
「乾杯しますか?」
グラスを持ち上げ、聞いてみる。克己さんは首を横に振った。
「人生の先輩として教えておきますが。やけ酒というのはにぎやかにやるものではありません。みじめな気分をゆっくりと噛みしめて、流し込むのが作法です」
「そうですか」
そういうモノかな、と思った。この人がそう言うなら、きっとそうなんだろう。
確かに。笑いや冗談に紛らしてしまっては、薫の人生に失礼だ。
「じゃあ、思いっきりみじめにいきましょう」
「そうしてください。僕もそうします」
そうやって、初めて喉に流し込んだお酒は。焼けるようで、とても苦かった。
私はきっと。この夜を、一生忘れない。
腹の底から笑う日も。涙を流してうつむく日も。いつもこの夜のことを思い出すだろう。