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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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2 スラップスティック・ナイト ~千草 -3-

 とりあえず、リビングに客二人を通す。母は(仕事部屋以外は)キレイにしているので、こういう時はためらわなくていい。

 と、思ったら。

 壁に大きく貼られた『美少年探偵・天心院蓮華』の華麗なるポスターを見て、十津見が「ほお」と莫迦にした声を上げた。

 ママー。美少年探偵のグッズを仕事部屋以外に飾るのヤメテ、ってあれほど言ったのに!


「母の仕事の関係なんです」

 と言っておく。実母がこの絵を描いたとか口が裂けても言えないが、と思ったら。

「うちのママが描いたんです。イラストレーターなんです」

 とか、忍がサラッとバラしてしまった。妹! それ、黙っていてもいい情報!


「お茶でも入れます」

 憤然とキッチンに向かう私。

「お姉ちゃん。私がやるよ」

 妹がついて来た。私は彼女に目をやる。

「いいのよ。アンタは着替えておいで」

 血まみれのブラウスは。痛々しすぎる。


「少し休みなさい」

「でも」

 忍はちょっとためらった。まだ、私に遠慮しているのかな。

「とにかく、その服はもう捨てな。新しいの買ってもらわないとダメだね。災難だったね」

 と言うと。

 哀しそうな、困ったような。何とも言えない顔をした。


「千草さん。すみません」

 と、突然隣接するバスルームから克己さんの声が。

「大変なことに気付きました」

 言いながら、出てくる克己さんは……バスタオルを腰に巻いただけ!

「シャワーを借りようと思ったんですが。ウッカリしていました。急に伺ったので、着替えがありません」

 って! 脱ぐ前に気付け! 清らかな少女二人の前に、そんな恰好で出て来るなあ!


「何をやってる!」

 十津見先生がものすごく怒った声で間に入ってくれました。

「そんな恰好で女性の前に出るヤツがあるか。だいたい、なぜ他人の家で勝手に風呂を使おうとしている? 女性を先にするのが常識だろうが」


 いや……待って先生。論点ズレてる。ひとつひとつは正論なんだけど、全体としてズレていってる。十津見もこの有り得ない生物を目の前にして動揺してるんだろうか。



 突然の騒ぎは結局、十津見が近所のコンビニまでパンツを買いに行くことで落着し。忍が自分の着替えのついでに、二階に上がってパパの部屋着を二人分見繕うことに。うちのパパも背は高い方だから、まあ丈は何とかなるだろうけど、それにしても。


 我が家は、男はパパだけの女家族。そのパパも、海外に行ってばかりで滅多に家にいない。そんな家庭で、深夜に十津見の怒号が響いたり。バスタオルを腰に巻いただけの裸族がソファーで新聞読んでたりすると。もう、ここが自分の家に見えない。

 なんか、自宅によく似たパラレルワールドに迷い込んだような。

 ああもう。今日はいろいろあって疲れてるのに、余計にクラクラする。


 で、十津見が帰ってくるのを待つ間に、忍にシャワーを先に使わせ。私は、克己さんと二人でお茶を飲む。

 しかし。目のやり場に困るな! 私、小学校に入ってからパパとお風呂に入ってないんだよ。男のハダカなんてものに慣れてない。大事なところは隠れてるとはいえ、ドキドキしてしまう。

 十津見先生、早く帰って来てー。間が持ちません。


「疲れましたか?」

 紳士な口調で優しく問いかけてくれる裸族。

 そんな露出の激しい恰好でなかったら、私ももう少し普通に話せるんですが。

「今日はいろいろありましたから。君もゆっくり休みなさい」

 そう思うなら、もう少し穏やかな展開になるように考えてもらいたかったです。


 考えてみると。この四人になってから、予想外なことが多すぎて。

 驚いたり呆れたりするばっかりで。悲しむヒマもない。


「薫が死んだのに」

 私は呟く。

 二十四時間前には彼女は生きていて。桜花寮の同じ屋根の下で眠っていた。その彼女がもういないのに。

「私。お茶を飲んだり、シャワーの順番の心配とか」

 ヒドイと思う。彼女は私のせいで死んだようなものなのに。


「千草さん。死者は生き返らせられませんよ」

 克己さんは言った。

「分かってます」

「分かってません」

「分かってますってば」

 莫迦にしてるのか。子供じゃないんだから、それくらい分かっている。


「いいえ、分かっていません」

 克己さんはもう一度言った。とても厳粛な声で。

「死は絶対です。死んでしまったら、どうやっても生き返らせることは出来ません。悲しんでも嘆いても悔やんでも、死者にしてやれることは何ひとつなくなる。もう何も伝えられないし、何も語ってはくれない」

 その声はとても静かで。とても悲しい。


「彼女の苦しみも悲しみも、歓びも。未練があったとしても、それさえも。全て終わってしまいました。僕たちにはもう、何も出来ません」

 それは。重すぎる宣告。受け止めきれない程の。残酷すぎる言葉。

「僕たちにはもう、彼女のためにしてあげられることは何もありません。後悔しても、そんなものどこにも届きはしない。どんなに自分を責めても、それは自己弁護の言い訳に過ぎません。そんなものに耽溺している暇があったら、自分の日常を回すことに真剣に取り組んだ方が何倍かマシです」



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