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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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2 スラップスティック・ナイト ~千草 -2-

「もういいかな?」

 そこへ。退屈そうに、少し眠そうに、空気読めない人が口をはさんできた。もちろん我が愛しの背の君、になる予定の方である。

「日付も変わったし、僕はもう眠いです。さっさと君たちの家に行きましょう」

 あ、そうか。それを説明してなかった。


「忍。今日、ママ仕事で帰って来られないから。克己さんに泊まってもらうことになったの。ママが帰って来るまでの、保護者代わりで」

 忍は人見知りだから、嫌がるかなと思ったのだが。

 妹が何か言う前に、克己さんがまた口を開いた。

「ああ、千草さん。彼も来るそうですよ」

 アッサリと言われたが。待て。彼って誰? ていうか、今ここには四人しかいませんが。いや、壁の向こうには警察の方がいっぱいいるわけだけど。


「当たり前だ。正式な保護者に引き渡すまで、学校側としてはきちんと君たちを監督する義務がある。それに」

 と。口許を歪めて冷たく嗤う人がいる。

「少女二人の家に若い男が同宿するなどと聞いて、黙って帰らせるわけにいかないだろう」

 とか言ってますが。


 今のあなたにそれを言われても、説得力は微塵もないです。

 ていうか、仮に克己さんをオオカミだとした場合。あなたの危険度は冬眠から覚めたヒグマくらいではないでしょうか。少なくとも私にはそう見える。

 あと、克己さんのことを若い男って。年、大して変わらないように見えるけど。

 そうか、若いつもりだったのね十津見。ごめん、私たちから見ればオジサンだよ。


 まあ、とにかく。オオカミがいて危険だからと言って、オオカミをもう一匹増やすこともないわけで。

 十津見先生には丁重にお帰りいただく作戦を取ろう。

「大丈夫です。克己さんは信頼の出来る人ですから、無闇に女の子を抱きしめたりしませんし。先生もお疲れでしょうから、どうぞ無理なさらずお帰り下さい」

 と厭味交じりに笑顔で言った、その途中で。


 忍が無言で。ギュッと、十津見の上着をつかんだ。それはすごく雄弁な動作で。何を望んでいるか、その指とその目だけで分かってしまう。

 妹よ。それ、信頼できる優しい先生と違う。ただのロリコン。


「いいんじゃないですか? 別に」

 克己さんが言った。

「彼がいた方が、妹さんは落ち着くようだ。そうでしょう?」

 背をかがめて、忍の顔を覗き込む。妹は黙ったまま、硬い表情でうなずいた。

「じゃあ、決まりだ。僕の車で行きましょう。君、自分の車は?」

「パトカーに同乗してきたからな。学校の駐車場に置いたままだ」

「そうか。まあ、ちょうど良かったな」

 とか言っているが。

 オジサン二人で勝手に話を進めないでほしい! 家主は私たち……って、克己さんに来てほしいのは私だし、十津見に来てほしいのは忍なのか。一応筋は通っている……のだろうか?


 忍はやっぱり黙ったまま、ずっと十津見にくっついている。

 しかし私は思った。明日の夕方、母が帰って来た時もこの状況だったら。私は一体、何と言い訳すればいいのだろう?



 時刻はもう真夜中過ぎ。

 空は真っ暗だった。西に台風が来ているからだろう、大きな雲がいくつもいくつも速いスピードで流れていく。

「秋の四辺形」

 忍は空を見上げて、そう呟いた。


 私は克己さんの隣に座るつもりだったが。後から来た十津見に、リアシートに押し込まれた。

「助手席は事故時の死亡率が一番高いんだ。女の子が座るような場所ではない」

 とか言われたが。

 この車の後部座席、狭い。拉致計画の際、克己さんがなんだかんだ言っていた理由が分かった。一応椅子は二つあるものの、快適度は限りなく低い。もし、ここに三人を詰め込んでいたら、私は後々までも彼女たちから恨みを買ったことであろう。特に小百合辺りに。


「ええと。何となく覚えているんですが、どこだったかな。ああ眠い。まあ、適当に走っていれば着くでしょう」

 とか。世にも恐ろしいことを呟く運転席に座る人。

 それを無視して、十津見は勝手にカーナビを操作し、忍から住所を聞いて番地を入力する。ついでに、克己さんに缶コーヒー(ブラック)を押し付けた。一人だけ後から来たのは、これを買っていたかららしい。


「君たちも適当に飲みなさい。好みは知らん」

 と熱い缶紅茶を二本渡された。ストレートとミルク。私はストレート、妹はミルクを選ぶ。

 車が発進した。飲み物をこぼしそうな勢いの急発進だった。


 道中はかなり怖かった。基本、スピードが速度制限超過である。ついでに、カーナビの言うことを聞かない。更に言えば、カーナビ以上に冷たく厳然とナビゲートしている十津見の言うことも聞かない。

「どうして側道に入る! 次の交差点を右と言っただろうが」

「だって、夜中にスクランブル信号で信号待ちするほど、バカバカしいものはないじゃないか」

「ならせめて右に曲がれ、どうしてわざわざ左折する?!」

 とか怒号が飛び交う前座席。

 信号待ちをするのがイヤだからと言って、わざわざ目的地から離れるような進路を取る方が無意味だと思います、私も。

 再び警察のお世話になることもなく、また誰一人欠けることもなく無事に家に着いたのは奇跡だと思った。

 

 うちは、両親の仕事の関係で来客があることが多いので、元々駐車スペースは広めにとってある。

 しかし、克己さんの車庫入れの技術やいかに? 父お気に入りの車にぶつけたらどうしようかと思ったが。道中ワイルドだった割には、車庫入れは繊細だった。


 車から降りて、命があった幸せをかみしめる。

 玄関に立った。当たり前だが、家は真っ暗だ。鍵を開けると、沈黙だけが私たちを出迎えた。人の気配がないと、自分の家なのに別の場所のようだった。


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