1 寒い廊下 ~千草 -4-
その後のことはあまりはっきり覚えていない。吐き出して、泣いて、私はぬけがらのようになってしまったようだ。どのくらい、その寒い廊下に座っていたのかもよく分からない。
気が付くと十津見がいて、他の先生たちと何か話したり、携帯でどこかに電話をしたりしていた。
それから、山崎先生が私の方に来る。まあちゃんも一緒だ。
「雪ノ下さん。忍さんの聴取、まだかかりそうなんですって」
そう教えてくれた。
「十津見先生が、同席させてもらえるよう、今警察の人にかけあってくれているから。嵯峨野先生はもう一度忍さんの顔を見てから、とおっしゃっているけど。申し訳ないけど、私たちはそろそろ」
私は黙ってうなずく。多分、もう遅い時刻なのだろう。先生たちの聴取はとうに終わっている。
「どうもありがとうございました」
話を切るように頭を下げると、山崎先生はちょっと哀しそうな顔をした。
「学校は、しばらく休校になることになったから。もう任意で一時帰宅も始まっているそうよ。あなたたちも、おうちでゆっくり休んで」
私は返事が出来ない。
こんなに長いこと、警察に事情を聞かれている忍はきっと、事件への関与を疑われている。
家に帰っていいよ、と言われるけれど。どうせ、自宅謹慎扱いなのだろう。
「ごめんね。あのね、私たちは二人を信じているから」
山崎先生は、そう言った。まあちゃんも、後ろで頭を下げた。
ああ。まあちゃんに、もう一度相談しないとな。そう、ぼんやり考える。隠していたことを話して。どうするべきか考えて。警察に、どこまで本当のことを話したらいいのか。そんなことを打ち合わせなくては。
そう思いながら、山崎先生と一緒に去っていく後ろ姿を見送った。
十津見の怒鳴り声が聞こえて、そちらに顔を向ける。背の高い影の横で、嵯峨野先生がおろおろしていた。
「女生徒を何時間拘束するつもりだ」とか。
「一方的な犯人扱いは人権侵害だ。同席を要求する」とか。
アンタが捕まるよ、くらいの勢いで。掛け合っているというより、ホント喧嘩を売っているだけみたいな。
何か、アレだな。アレでも、普段は女の子相手だから穏やかにしてるんだな。みたいなことを思った。危険物だ、あの教師。
それでも。
「バカバカしい。あの子に人を殺したりできるわけがないだろう。分かったら早く彼女を解放しろ」
と。警察の人に居丈高に言っていた言葉は、素直に嬉しかった。
この状況で。私でさえ、妹が疑われても仕方がないと思ってた。
いや。妹が一連の事件の犯人じゃないと言える根拠を、全力で探してた。
でも。信じる気持ちというのは、もっと単純でいいのかもしれない。
疑わしい状況とか、機会とか、動機とか可能かどうかとか。そんなことを全部飛び越えて。
「バカバカしい。ありえない」
そんな一言で表明される、率直な信頼。そんなものが、今の私にはものすごくありがたかったりする。
忍、良かったね。アンタの好きな先生、アンタを信頼してくれてるよ。
まあ、警察の人にケンカ腰で話をしなくてもいいとは思うけど。アンタまで疑われなくてもいいから。
けれど、そんな意外な愚直さを。悔しいけれど、ちょっといいなと思ってしまった。
十津見先生。ありがとうございます。




