3 隠れ棲む妖精 -3-
学期初日なので、校舎に拘束されるのは午前中のみ。
昼食後、小百合は風紀委員会に出席し。なんと、十津見に委員免職を言い渡されて帰ってきた!
さすが小百合である。学校の委員会をクビになる女なんて聞いたこともない。
そしてクビにする教師も聞いたことがない。こちらも、さすが十津見であると言うべきか。
奇跡のコラボで、ありえない事態が起き、我が六年松組は明日のホームルームで新しい風紀委員を選出しなくてはならないことになったが。
まあ、小百合が前期いっぱい風紀委員を務めあげたこと自体が、そもそも奇跡的な話だったので。何となく受け容れてしまう私と撫子。ぼやく小百合を連れて、午後遅い日差しの中、校門をくぐって外へ出た。
商店街の、角のクレープハウスでクレープを買うのが、百花園生の小さな楽しみである。私は控えめにカスタードのみ、撫子は苺クリーム、恐れを知らない小百合はバナナチョコクリームなどというとんでもない、カロリーたっぷりのものを頼み、ほかほかのそれを持って近くの中央公園へ。
誰もいない芝生の真ん中に、ぽつんと置いてある大きな石に三人で腰を下ろす。
この公園は、球技禁止なので遊びに来る子供はあまりいない。犬の散歩の人とか、ウオーキングの人はよく見かける。
レンガで舗装された道の他に、広い芝生があって、こうやって立ち入りは出来るけれども大きな石が点々と置いてあるほかには何もない。
少し先には池があって、その周りにはカップルがいたりもするが、ただ広いだけのこの場所には私たち以外に誰もいない。
ここは何かあった時の私たちの密談場所。撫子曰く、密談は広いところでするに限るのだそうだ。
「で。アンタは何を知ってるの?」
私は。カスタードクリームを楽しみながら、ズバリと聞く。撫子相手に持って回った質問などしていたら日が暮れる。
「そうね。実は、いつ千草さんに相談しようかと前から考えていたの」
撫子はのんびりと言う。
「まずは、これを見てちょうだい」
ポケットから出したスマホを操作する。『妖精の園』というサイトが表示された。
「これは?」
と訊ねると。
「数多い、我が校の裏サイトの一つよ」
という返事だった。
まあ、そんなものだとはこっちも予想がついている。だが。
「普通じゃ、ないのね?」
確かめるために聞く。まあ、何をもって普通というかはビミョウだが。
このタイミングで、撫子が提示するもの。私に相談しようと思っていたという言葉。
単なる生徒たちのストレスのはけ口ではなく。それ以上の何かがある。そういうことなのだろう。
撫子は黙って、画面を操作した。
コンテンツの中から、『お花屋さん』という可愛い花模様で装飾されたものを選ぶ。切り替わった画面の内容は、掲示板のようだ。
そこに並ぶのは。
二十五歳。会社員。食事付き。細め希望。
四十一歳、会社役員。初物なら金額アップ。経験少ない子希望。
三十歳、自営業。コスプレ希望。拘束対応してくれるなら金額アップ。
「これは」
自分の声が。苦くなるのが分かる。
「見た通り。花売りよ」
そのセリフを明るく言える撫子の神経が分からん。
要するにこれは。援助交際、ウリ、つまり売春の相手募集の掲示板だ。仮にもお嬢様学校を謳う我が校で、こんなことが。
掲示板にアップされた日付はどれも新しい。つまりこれは、ちゃんと機能しているのだ。
清らかなるべき乙女の園で、どれだけの子がこんな商売に手を染めているのか。いや、いったい。乙女と言えるべき人間は、自分の他にいるのか。そんな気分になってくる。
その瞬間、チョコバナナクレープを大口で食べている小百合の顔が目に入って。少なくともこの女だけは乙女仲間だ、と安心できた。コイツを好んで組み敷こうとする男なんか、いなかろう。
撫子のことは知らん。この女なら何でもアリな気がする。
「結構、利用者が多いの? そのサイト」
私の質問に。撫子は意外にも。
「それが、分からないのよ」
と言った。この女に収集しきれない校内の情報があろうとは。思ってもいなかったので驚く。
「この掲示板ね。売り手、つまり百花園の生徒として書き込みをするには、管理者からパスワードをもらわないといけない仕組みのようなの。だから、だれでも売り手になれるわけじゃないのよ。今はあくまで部外者、または買い手としてアクセスしている状態なわけ」




