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花園で笑う  作者: 宮澤花
第3部 対決
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1 寒い廊下 ~千草 -2-

 とはいえ。両親がいつ来られるか分からない以上、いつまでもこうしていても先生方も困るだろう。私はため息をついて携帯を取り出す。淑子叔母さんのアドレスを検索……しようとした時。


「お待たせしました。僕ならここにいますよ」

 優しい声がした。


 肩に手が置かれる。見上げると。茶色がかった髪の、男らしく整った顔立ちの背の高い人がにこにこと、私を見下ろしていた。

「警察の駐車場が混んでいて、停めるのに時間がかかってしまいました。ついでに、小腹が空いたので下の食堂で軽く食べて来たんですが。もっと早く来た方が良かったですか」

 その。何事もなかったような、落ち着いた声と、空気を読まない笑顔が。暖かくて。頼もしくて。悔しくて。

 私は物も言わずに、その胸にすがりついてしまった。


「あ、あの。どちら様ですか」

 私の様子に、びっくりしたような山崎先生の声。

「あ、私。百花園女学院で、千草さんの担任をさせていただいております、山崎と申します」

「はじめまして。僕は彼女の婚約者で、北堀と言います」

 克己さんは朗らかに言った。


「婚約者!?」

 山崎先生の仰天した声で。私は説明の必要を感じる。

 洗剤の香りのする白いシャツから顔を離し。

「交際届なら、十津見先生に提出してあります」

 と言う。


「届け出済み、なの?」

 山崎先生がビックリしたように言う。私は黙ってうなずいた。

「こういう者です。どうぞよろしく」

 克己さんは名刺を配っているが。代議士の息子です、と書いてあるわけではないだろうから、多分『北堀運命鑑定所』の所長としての名刺なのだろう。

 先生方に、それがどう受け止められるか。今はそれどころではないのに、気になってしまうじゃないか。


「そういうわけですから。僕が保護者です。夫ですから」

 あっさり言う克己さん。困った顔になる先生方。

「あの、お待ちください。いくら婚約者さんでも、まだご家族ではないわけですから。その、ご両親の同意がないと雪ノ下さんをお渡しするわけには」

「どうしてですか。もうこの人は僕の妻と言っていいと思います。それをどうして、関係ないあなた方がそんなことを言うんです」


 やめて。誤解を広げるようなこと言うのやめて。どんな関係なのかと思われるから。

 ただでさえ、とんでもない状況なのに。ますますややこしくするのヤメテ。


「同意、とります」

 私は言った。すかさず携帯を取り出して、母を呼び出す。

「母の同意を取ります。それなら、この人が保護者でいいですね?」

 先生方が何か言う前に。母が電話に出た。

 心配でいっぱいの、母の言葉の奔流。それをかき分けて私は、自分の聴取は終わったこと、忍はまだかかりそうなこと。父も母もいないから、先生方が困っていることを伝える。


「そうか。そうよね。どうしよう、淑子に」

「ママ。克己さんがここに来てくれているの」

 私は言った。

「ママが帰って来るまで、克己さんのお世話になりたいの」


「克己さんって」

 ママは一瞬、誰? という口調になったが。すぐに思い出したようだ。

「あの、あなたの彼氏? あのね、ママはまだ認めたわけじゃないのよ」

「でも。こんな事件に巻き込まれて、怖いの。男の人に傍にいてもらった方が安心だし、矢崎の叔父さんにそこまで甘えられないし」

「祥吾さんねえ」


 母はちょっと、曖昧な口調になった。淑子叔母さんと母は実の姉妹だけれど、当然ながら祥吾伯父さんとは他人だ。

 だから、面倒なところは頼みにくいだろう。その心の隙を突く。


「でも。うーん。その人、今そこにいるの? ちょっと代わって」

 というわけで、母と克己さんが直接話すこと二十分。

 同じ地球で暮らしていても、違う次元に生きていそうな二人の会話がどう落着したのかは、克己さんの声だけ聴いていては想像もつかないが。


 もう一度、私が電話を代わった時には。母の声は、かなり疲れ果てていた。

「千草ちゃん。本気で、あの人と結婚するの?」

 今、それをツッコまれても。

「うん、まあ」

 としか、言いようがないのだが。


「やめた方がいいんじゃない。話、通じないんだけど」

 ああ。やっぱり、通じませんでしたか。

「とりあえず、おまかせすることにしたけど。分かってると思うけど、あなたまだ未成年なんだし、軽々しいお付き合いは……」

 以下は聞き流して。


 まあ、要するに。母と克己さんの対決は、克己さんが勝ったと。

 勝利のポイントは、どちらがより相手の話を聞かなかったか、というところだと思われる。スゴイ勝負だな、どうでもいいけど。


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