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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
132/211

9 当日 -3-

 その後はお姉ちゃんと別れて、風紀委員の見回りに行った。この仕事は、実行委員と風紀委員が分担して行っている。外部の人が入るから、やはり問題が起きやすいのだそうである。

 五年のお姉さまと一緒に巡回をしたが、幸い特に何も起きなかった。


 それからひかりちゃんとの待ち合わせに移動し、お弁当をもらってお昼ご飯を食べる。発表は二時からだから、食べ終わったらすぐに準備に入らなくてはならない。

 講堂の舞台裏にある狭い控室に集合だ。忍たち、舞台に出る人間はその場で着替え。直前の演目である軽音楽部の発表を聞きながら、段取りやセリフをあわただしく確認する。


「じゃあ、みんな。思いっきりはじけてきてね!」

 間島さんが最後に言う。

「一年竹組! ファイアー!」

 大声を出すと、舞台にまで聞こえてしまうので。みんな小声で唱和する。意気が上がったのか上がらないのかよく分からない。

 そこへ、

「一年竹組の皆さま。準備に入って」

 ドアがノックされ、入ってきた実行委員のお姉さまにそう告げられた。

 いよいよだ。忍はドキドキしてきた。


「忍。大丈夫だからね」

 それを見透かしたように。間島さんが声をかけてくれる。

「アンタのサロメは最強だから。十津見先生を悩殺するつもりでやってよ」

「と、十津見先生を?!」

 ビックリする。それは。忍が先生のファンだなんてこと、クラスのみんなも寮の人たちも知っているけど。


「そうそう。そのくらいのつもりでね」

 間島さんは笑った。

 忍は困った。悩殺なんて、出来るわけないけれど。

 でも。きっと、見に来てくれているから。恥ずかしくないような演技が出来るよう、頑張ろう。そう思った。



 幕が開くのを待っている。用意が出来ると、間島さんのナレーションが始まる。

「一年竹組。劇を発表します。タイトルは『洗礼者の殉教』です」

 マイクを通して声が響く。

 午前中の演劇部の出し物では、出演者として演技をしたらしい間島さんだが。クラスの出し物では、監督に徹している。


「荒野で呼ばわる者の声がする。『主の道を備えよ、その道すじをまっすぐにせよ』」

 その言葉で劇は始まる。

 ヨハネ役の広坂さんが、フェイクファーの衣装を着けて舞台に出る。信者役の子たちがそれを追いかけ、周りで説教を聞く。


 出番だ。

 忍は大きく息を吸い。舞台に足を踏み出した。


 スポットライトに照らされて、目がくらむ。

 会場には、たくさんの人たちが入っていて。昨日のリハーサルとは雰囲気が全然違う。みんなに見られている気がして、逃げ出したくなる。

 でも。一番前の列の、端っこの方に十津見先生が座っている姿が見える。だから。ちゃんとやらなきゃ、と。みっともないところは見せられない、と。両足に力を入れる。

 そう、今の自分は雪ノ下忍ではなく、サロメ。サロメの気分になりきれば……きっと、最後までちゃんと出来る。


 広坂さんのヨハネが説法を続けている。神の国の美しさを語っている。

 けれど、サロメの目は神の国を見ていない。彼の語る、言葉も聞いていない。

 

 彼女が見ているのは、ヨハネという男の顔。聞いているのは、彼の声。

 サロメは彼が好き。預言者ヨハネでなく、ラクダの皮の衣を着て、人々に慕われるヨハネという男が好き。だから。

「娘ご。あなたも洗礼を希望されるか」

 そう、彼に問いかけられた時。


「私が欲しいのは、洗礼ではなくあなたの手」と。

「神の国への道ではなく、現世の愛」と。

 はっきりと、声高く言ってしまうのだ。


 忍だって、先生のことが好きだから。

 好きな人を見つめたい気持ちが。触れたい気持ちが。

 サロメの気持ちが、分かる。そう思う。

 だけど。


 敬虔な神のしもべである洗礼者に、その思いは通じない。

 サロメは悪魔呼ばわりされ。信者たちからも嘲われ、二度とヨハネに近付くなと蔑みの声を受け。突き飛ばされて、地面に崩れ落ちる。

 髪に飾った綺麗な花は抜け落ちて、信者たちに踏みつぶされてしまう……という。せっかく作った造花がもったいないシナリオになっている。


 皆が去った後。サロメである忍は、のろのろと舞台の上で身を起こす。

 ここの場面ではセリフはない。サロメは落ちてボロボロになった花を拾い。黙ってそれを抱きしめる。


 サロメには悪気はなかった。

 神様の言葉を彼女は理解できなかったけれど。それでも、きっとヨハネを大好きだった。

 大好きな人に理解してもらえない。気持ちを受け止めてもらえない。

 しかもみんなに嘲られて。

 それはとっても痛い、辛いことだろうと思う。



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